BOOWYの『LAST GIGS』が行われたのは1988年4月4、5日の両日。

氷室京介(vo)27歳、布袋寅泰(g)26歳、松井常松(b)27歳、高橋まこと(ds)34歳。

メンバーは全員脂が乗っていて、BOOWY自体も人気絶頂の中での解散ライブとなったのです。

現在でも通用する最新のGIGだった


BOOWY最後のGIGはまさしく現在に至るまで最高のライブと称賛する人がたくさんいるほどのものでした。

30年の歳月が流れましたが、LAST GIGSというよりもライブ自体は最新のGIGSといってもいいくらい、現在においても通用する唯一無二のライブとなったのです。

髪型だけは時代を感じさせますが、時代は繰り返すといわれているくらいですから、あの髪型がまたまた流行るようになるかもしれません。というよりもBOOWY以降でしたら、XJAPANやGLAYなどがヘアスタイルにおいてはBOOWYを踏襲しているようにも感じますね。

1988年4月、まさしくBOOWYは人気絶頂の中でその幕を閉じようとしていました。

それでも当時を知る人は、メンバー全員が若く、凄い才能を持っていた面々ですから、これからもそれぞれが活躍する場を見ることができる楽しみが残されていたのです。

老いてどうしようもなくなって解散していくわけではなかったのですから。それは、その後の個々の面々の活躍を見ると一目瞭然でしたね。

そして、『LAST GIGS』は過去から現在においても最高のライブとされ、時代を超えて常に話題になる存在でもあるのです。

人気絶頂の中での解散

今でも延々と語られているのが人気絶頂だったのに何故解散したのか…ということです。

必然でもありグループはいつかは解散するということを考えたら、BOOWYのあの時期はベストと言えるのかもしれません。

いまだに伝説として語られるのですから…

それでも、当時のBOOWYは尖ってましたよ。

「他に無い存在」「どこにも属さない」「メディアに出ない」というバンドスタイルがミステリアスでもあったのです。

当時のミュージシャンはニューミュージックの流れからメディアに出ないことが知られていました。

他に無い存在としては、斬新なビジュアルもそうだったのですが、それは氷室恭介と布袋寅泰のキャラが強すぎたからですよね。

反対に松井常松の寡黙さが際立っていました。

といっても、本人は寡黙ではなくビジュアルも決まっていてかっこよかったのですが…。

高橋まことは最年長でドラマーということから抜群の安定感がありました。

そして、メンバーそれぞれが自分のパートで職人的な技を見せつけてくれたのです。

特に布袋寅泰は当時からギタリストとしては天才的で、えぐるようなカッティングギターテクニックは今でもバイブル的な存在になっているところからもわかります。

そして、解散の理由なのですが…それはそれぞれの胸の内ということでいいでしょう

メンバーのその後は?


BOOWYのその後ですが、メンバーそれぞれ活躍しています。

氷室京介や布袋寅泰は露出が多いので、活躍している姿やよく耳にしますし、村井常松や高橋まことは職人的れあり、サポートメンバーとして他のバンドからひっぱりだこですし、それぞれも作品を発表しています。

村井常松は特にBOOWYのときよりもソロになったほうが活躍している印象を受けるのは、BOOWY時代が他のメンバーが個性的過ぎて埋没していた感が強いですね。これはビートルズ時代のリンゴ・スターに似ているのかも…。

ネットの反応

「当時のBOOWYは1位を取ったら解散するって言ってたから、解散は有言実行しただけ…。でも早すぎるよね。」

「LAST GIGS」はいつまでも色あせない。たまに見ては元気をもらってる」

「氷室京介は化け物みたいに当時と変わってない…他の3人は老けたけど…」

「LAST GIGS」は昭和の最後の春でした。

そして平成を飛び越えて令和の時代になっても「LAST GIGS」はいまだに色あせることのない一瞬という名の永遠をこれからも生きていくのでしょう。

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