松田優作の”ブラック・レイン”後が見たかった…命懸けの海外進出

松田優作が命懸けで海外進出した『ブラック・レイン』での予測不能な凄み

90年代の東京で、日本の大手新聞の記者になったアメリカ人青年が闇社会に迫る姿を追う海外ドラマ『TOKYO VICE』が2022年4月24日から放送開始になります。

日本を舞台に、外国から来た主人公と同地に生きる人物が協力するクライムストーリーといえば、リドリー・スコット監督の『ブラック・レイン』(89年)を思い出されます。

ニューヨークで殺人を犯したヤクザをNY市警の刑事2人が日本へ護送するも、空港で騙されてヤクザ一味に手渡してしまうところから物語は始まります。

マイケル・ダグラスとアンディ・ガルシアの演じる刑事、ニック・コンクリンとチャーリー・ヴィンセントが80年代のバブル最盛期の大阪で、高倉健が演じる大阪府警の松本警部補の監視と協力を得ながら、逃した男の行方を追う物語で、彼らを翻弄し続けるヤクザ、佐藤浩史を演じたのが松田優作です。

「最高のパフォーマンス」と評された松田優作の怪演

公開時、ニューヨーク・タイムズ紙では評論家のヴィンセント・キャンビーが「この映画の最高のパフォーマンスは、ニックとチャーリーが大阪まで護送する野心家の青年ヤクザ役の松田優作によるものだ」と絶賛しました。

冒頭、ニューヨークのレストランに現れる登場シーンから佐藤は強烈なインパクトを放ちます。

手下がふざけた調子で銃を乱射するふりで客たちを驚かせた後、音もなく店に入ってくるのです。

物静かかと思えば目を剥いて声を張って威嚇し、自分よりはるかに大物のヤクザを何の迷いもなく一瞬のうちに仕留めます。

偶然居合わせた刑事2人が行動を起こす暇も与えない素早さです。

何を考えているのか、次にどう動くのか、全く予測不能。

ミステリアスで凶暴な生きもの。

日本で彼の作品を見慣れた観客でさえ知らなかった表情を見せ、この瞬間に初めて松田優作の演技を見た世界の観客の心をつかむのに十分すぎるほど鮮やかな幕開けだったのです。

松田優作一択だったリドリー・スコット監督

1988年、日本で『ブラック・レイン』の出演者オーディションが始まると、会場だった東京の帝国ホテルには連日、著名な俳優たちが大挙したそうです。

スコット監督は、佐藤役には最初から松田優作一択だったと、販売ソフト収録のメイキングで語っています。

スコットには、代表作の1つであるドラマ『探偵物語』の大成功が伝えられていたでしょうし、もしかしたら『家族ゲーム』(84年)の印象もあったかもしれません。

起用を決めた際に「彼がダークになれるかだけが心配だった」と、杞憂でしかない感想を抱いていました。

同時に松田のユーモアのセンスを買っていたスコットは、佐藤の恐ろしさの中に相手を嗤って苛立たせる一面を持たせ、松田はごく微量のコメディの香りを漂わせながら、余裕綽々の男を演じています。

長身に黒のロングコート、サングラスで装い、髪を立たせた佐藤の風貌は『マトリックス』のキアヌ・リーヴスのルックを10年早く形にしていました。

これは『ブラック・レイン』の衣装を手がけたエレイン・ミロイックが語ったもので、「伝統的な男性を現代的なアプローチ」で表現したそうです。

残忍で、知的で、色気もある多面的で複雑なカリスマ性は、それまでハリウッド映画ではほとんど見ることのなかったアジア系の雄姿なのです。

ガン治療よりハリウッド映画を選んだ凄まじい気迫と早すぎる死

ご存知の通り、『ブラック・レイン』は松田優作の遺作映画です。

出演決定とほぼ同時期にガンの診断を受けた彼は熟慮の末、治療よりも映画出演を優先しました。

文字通りに命を懸けて作品に臨む姿勢がより強く伝わってくるのは終盤、泥まみれになりながらダグラス演じるニックと壮絶な死闘を繰り広げるシーンです。

病に冒された体とは微塵も感じさせない身体能力と気迫に圧倒されます。

映画の全米や日本で公開された直後の1989年11月6日、松田優作は40歳の若さでこの世を去りました。

ドキュメンタリー映画『SOUL RED 松田優作』には松田本人が「意識はもうほとんど海外なんですよ」と語る音声があります。

日本の俳優がハリウッド映画をお客さん気分で鑑賞するだけに甘んじていたことに「なんで『悔しい』とか『俺だったらこうする』とか。そういう意識を持てない」と歯がゆさと焦燥感をあらわにしていました。

はっきり言葉にして、そして文字通り「俺だったらこうする」とやってみせたのが『ブラック・レイン』なのです。

キャスティング・ディレクターのダイアン・クリッテンデンは「映画が公開された後、彼についてたくさんの問い合わせがあった」と明かしました。

日本人の役に留まらず、松田優作という俳優そのものに期待するものも多かったようです。

具体的には、ロバート・デ・ニーロとの共演も企画されていたそうです。

『ブラック・レイン』から『TOKYO VICE』へ、早世の鬼才を想う

『ブラック・レイン』のソフトの特典映像中に高倉健が通訳を介してスコットの指示を聞いている場面が写っています。

ここで通訳を務め、同作のアソシエート・プロデューサーでもあるアラン・プールは、2022年に『TOKYO VICE』のプロデューサーに名を連ねています。

全編日本、それもほぼ東京での撮影を実現させ、異国の闇社会に切り込んでいくアメリカ人の物語には、『ブラック・レイン』で培ったプールの経験が確実に生かされています。

もしも存命だったならば、松田優作は70代を迎えてどんな活躍をしていたでしょうか。

しかし、考えてみても何も浮かびません。

今この世にあるものからイメージをふくらませても、きっとそんなものでは収まらないはず。

見果てぬ想像がつきない、早世の鬼才なのです。

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