内山田洋とクール・ファイブの名曲「長崎は今日も雨だった」がオフィシャル・リリック・ビデオとして初の映像化

1969年のデビュー曲!

デビュー56年で初のオフィシャル・リリック・ビデオ

初の映像化

1969年(昭和44年)2月5日に「長崎は今日も雨だった」でメジャー・デビュー。

当時「日本レコード大賞」新人賞などに輝き、『紅白歌合戦』にも出場した内山田洋とクール・ファイブ。

メジャー・デビューから56年となる2025年2月5日(水)、同曲がオフィシャル・リリック・ビデオとして初映像化され、Sony MusicオフィシャルYouTubeチャンネルにて公開されています。

半世紀の時を越えて

作品は長崎出身の写真家、濱本政春による長崎の美しい夜景や街並みを30点を超える写真で構成されており、改めてそれらの風景と歌詞を楽曲と共に観ることで、時代をも超越した名曲楽しむことが出来る作品となっています。

半世紀の時を超え、今もなお親しまれ続ける名曲「長崎は今日も雨だった」が、発売当時ミュージック・ビデオという存在がなかった中、

今このようにリリック・ビデオという形で手軽に好きな時に楽しめるということは当時からのファンはもとより、

YouTubeを介して、日本のみならず、世界中のリスナーがこの名曲に出会える素晴らしい機会となります。

ボーカルの前川清は…

行けど切ない石だたみ ああ長崎は今日も雨だった――

1969年にリリースしたデビュー曲が大ヒット。

この年の日本レコード大賞新人賞に輝き、大みそかには、紅白歌合戦の舞台にも立った。

二十歳の青年は、瞬く間に成功の階段を駆け上がった。

当時は、長崎でも仕事を抱え、長崎―東京間を数日おきに往復した。

「あの時は忙しすぎた。操り人形のように仕事をした」

米軍基地のある長崎県佐世保市で生まれ育った。

高校を中退し、県外の鉄工所などで働いたが長続きしなかった。

その後、仲間と組んだバンドでボーカルを務め、長崎市の小さなクラブで歌っていた時に「クール・ファイブ」の小林正樹さん(故人)に見いだされ、業界入りした。

歌手として活躍する傍ら、70年代には萩本欽一さん(83)の人気バラエティー番組に出演し、人気者に。

ただ、80年代になると、レコードは以前ほど売れなくなっていた。

それを萩本さんに伝えると「今、僕とコントをやって喜んでもらってるから、いいんじゃないの」と言われた。

歌手に執着しなくていいと思うと楽になった。

「視聴率100%男」とも称されたトップコメディアンからの言葉は、その後の芸能活動の支えにもなった。

ネットの声

「写真もめちゃくちゃ素敵なのばかり??惹き込まれます。長崎に行った様な気分なりますね。写真でMV作るなんてオシャレ」

「これぞ、昭和の名曲。あの、福山雅治さんがカバーするの分かるの位色褪せない昭和の愛唱歌の一つ。」

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