読書家はボケやすい??医師が解説するその理由とは

医師が解説…読書家を自称する人が、思いのほかボケやすい理由

知的好奇心の高い人ほど認知機能は保たれるが…

多くの人が「一定の年齢を超えたら脳は衰える一方。

だから高齢になると記憶力が衰えて物の名前が出てこない」と考えており、

「今さら勉強しても仕方がない」と新しいことにチャレンジするのを諦めてしまっています。

年齢を重ねるにしたがい、その傾向は強くなるように思われます。

しかし、それは大きな誤解です。

脳は鍛えれば、一生成長を続けることが最近の研究で分かっています。

確かに、脳の神経細胞の数は年齢とともに減少しますが、さまざまな経験を積むことで脳の神経細胞同士のネットワークは広がり、密になります。

また、使われていない未熟な脳細胞が存在し、これは新しい刺激で発達することが明らかにされています。

ですから、このネットワークを強化していくことで、脳はさらに成長できるのです。

そのためには頭を使うこと。

つまり、何歳であろうと勉強する、新しいことを始めるなどして脳を刺激し、活性化することが大事なのです。

これは、認知症の予防にもつながります。

実際に、知的好奇心の高い人ほど認知機能は保たれ、脳の萎縮が少ないことも分かっています。

知的好奇心とは、知りたい、学びたい、達成したいといった気持ちのことで、

具体的には勉強や仕事、趣味、ボランティアなどにイキイキと取り組んでいる人ほど、脳は若く保たれているのです。

したがって、いくつになっても好奇心を持ち、学ぶ心を失わなければ脳の働きは活発になるということです。

特に記憶力の低下を防ぐには、繰り返し覚えることが大切です。

例えば、よく「本を読んだ」といいますが、その内容を尋ねると曖昧なことが多く、

ただ流しているだけで覚えようとしていないので、あとで聞かれても何が書いてあったのか内容を説明できません。

つまり、脳に記憶として定着していないのです。

諦めた瞬間から記憶力は下がり脳の老化が始まる

記憶には、すぐに忘れてしまう「短期記憶」と、ずっと覚えている「長期記憶」があります。

スーパーマーケットで何を買うのか覚えるような一時的な記憶を短期記憶といい、これは脳の海馬という場所に保存されます。

これに対し、自分の住所やメールアドレス、友人の名前など半永久的な記憶を長期記憶といい、

これは海馬周辺の記憶の回路をグルグル回っているうちに大脳皮質の連合野で整理され、長期保存されます。

つまり、海馬自身が記憶しているのが短期記憶、これを繰り返し思い出すことで深く記憶にとどめ、

大脳に移し終えた記憶が長期記憶ということです。

したがって、ほとんどの記憶は短期記憶になっているということです。

ただ、短期であっても何度も体験することや思い出すことで重要度が高まり、長期にわたって記憶できるようになります。

このように記憶は、ただ覚えるのではなく、繰り返し思い出すことで保存し直し、強化されていくものなので、

ただ覚えるだけで思い出すことをしていないと神経細胞のネットワークが活性化されず、忘れてしまいます。

ですから年齢にかかわらず、諦めたときから記憶力は低下し、脳の老化が始まることになります。

そこで、私がお勧めしているのが、全部を覚えるつもりで何回も繰り返して本を読むことです。

そうすると、最初は難しくて理解できないことでも考えるようになるので、徐々に分かるようになります。

これによって内容が深く細部にわたって記憶され、神経細胞も活性化して脳の老化予防になるのです。

こうした脳の仕組みから見てみると、考えることが大事なので、

得意なことばかりをやっていたのでは脳の特定の場所しか使われないし、脳も慣れているので活性化しません。

この状態では、脳の成長に不可欠な神経細胞のネットワークが広がらないので、あえて難しい本を読んでみたり、

苦手なこと、不慣れなことに挑戦するとよいでしょう。

そうすれば、未発達な脳の場所が刺激され、苦手を克服できるばかりか、新たな能力が開花する可能性もあります。

社会の変化に合わせ、価値観も柔軟に変えていく

人は、歳を取ると頭が固く頑固になるといわれます。

こだわりを持つのは大事なことと思いますが、そうした融通の利かないところが、

ときには視野を狭めて自分を追い詰め、生きにくくしている場合もあります。

歴史を見ても日本の場合は、明治維新で士農工商がなくなり、身分が皆平等になりました。

ここで、価値観が大きく変わりました。次は太平洋戦争に負け、それまでの価値観とは180度ガラッと変わりました。

昨日まで学校の先生が言っていたことは、今日になると真逆となり、

教科書は塗りつぶされて真っ黒になるほど価値観が変わっていたといいます。

子どもたちも戸惑ったと聞き及んでいます。

このように、社会の変化に伴い、私たちの価値観も意識していないだけで変わってきているのです。

昔はまだ使える物を処分したりすると「もったいない」といわれましたが、今は新しいものにどんどん買い替える時代です。

コンビニエンスストアにしても、当初は夜の11時に閉まっていましたが、

その後は24時間営業が当たり前となり、そしてこの度のコロナ禍により再び営業時間が見直されています。

社会活動に準じ、私たちのライフスタイルも対応せざるを得なくなっているのです。

今後は、経済の成熟化、グローバル競争の加速、AIをはじめとするテクノロジーの急速な発達、

それに加えて長寿化などを背景に、近い将来あらゆる業種が変化を迫られることとなり、

私たちの価値観にも同様のことが起こるはずです。

そういう時代の渦中にいる私たちは、世の中の大勢を占める価値観と合致して生きていれば無風状態でいられますが、

それに逆らったりズレた価値観で生きようとすると、

良い悪いは別にして無理が生じ、息苦しくて非常に生きにくくなるでしょう。

これは、人間も群れで生きているからではないでしょうか。

環境への不適応が「自分を見失う」ことになりかねない

日本の場合は特に、皆同じ、平等と教育されてきたために、他人と違うことを恐れる傾向にあります。

私の子ども時代は、徒競走で1位、2位と順位がつき、1位になれば喜び、ビリになれば悔しがって来年は頑張ろうと思ったものです。

ところが現代は、順位をつけなくなった小学校が多いと聞きます。

幼稚園になると、みんなで手をつないで一緒にゴールするといいます。

これも社会の流れであり、昭和の時代とは価値観が変わってきています。

したがって、世の中の流れに乗って生きていくことは、価値観も自然と変わっていくことを意味しています。

言い方を変えれば、環境に適応しているので生きやすいともいえます。

それが、時代の変化を受け入れず、環境に適応できなくなると生きる基盤が揺らぎ始め、自分を見失うことにもなりかねません。

そうなると、「今までの自分の人生は何だったのか」と絶望しかなくなります。これはとても不幸なことです。

そもそも価値観とは、その人の生きてきた経験や学んできたことを根拠として形成されています。

ですから歳を重ねるごとに、その価値観は強いものにもなっていくように思います。

つまり、歳を重ねた人の価値観は、あらゆる気持ちや意味を内包しているがゆえに、深みも伴いますが、

逆にそれを変化させていくことも難しいものになってきます。

その原因は、ある程度のことが分かった気になり、自ら学ぶことをやめてしまうからです。

これは文字通り、頭が固いために脳の老化も早めてしまう結果を招きます。

したがって、長生きするためには適応力も必要となります。

「もう歳だから」ではなく、「まだまだイケる」と前向きに、社会の変化に合わせて柔軟に価値観も変えていき、

自ら学ぶ姿勢で時代の波に乗るほうが、生きやすくなるのではないでしょうか。

おすすめの記事