村上春樹は迷惑!?ブックメーカーの先走りでボーベル文学賞もらうもらう詐欺!

村上春樹氏「16度目の正直」ならず エンタメ作家的な人気がノーベル文学賞受賞に至らない最大の理由?

スウェーデン・アカデミーは10月7日午後1時(日本時間同午後8時)、2021年のノーベル文学賞をタンザニアの作家アブドゥルラザク・グルナ氏に贈ると発表しました。

2006年から有力候補に挙がり続けている日本の作家・村上春樹氏(72)は、またしても受賞を逃した。英ブックメーカーの前日オッズで首位に立つなど、受賞を本命視されていましたが、「16度目の正直」とはなりませんでした。

ハルキストの落胆

村上作品の主人公「僕」の口癖として、あまりにも有名なフレーズが世界中で連呼されたかもしれません。

今年も「ハルキ・ムラカミ」の名が読み上げられることはなかったのです。

2006年、ノーベル文学賞の登竜門的な性格を持つフランツ・カフカ賞を受賞して以降、村上さんの受賞は国内外で取り沙汰され続けてきました。

英ブックメーカーでは毎年有力候補に挙げられ、今年も「ラドブロークス」の前日予想で単独首位の5倍と本命視されたのですが、「16度目の正直」とはなりませんでした。

ハルキストの落胆は「秋の風物詩」と化している。

エンタメ作家とみられている?

なぜ受賞に至らないのでしょうか。

あまりに高い人気を誇るため、スウェーデン・アカデミーが村上さんをエンターテインメント作家と判断していることを最大の理由と挙げる声は少なくないようです。

ノーベル文学賞は知る人ぞ知る純文学作家や詩人に贈られるケースがほとんどで、エンタメ作家が受賞したケースはほぼ皆無。

村上さんの作品はカテゴリーとしては純文学ですが、平易な言葉や文体を用い、都会的なユーモアセンスなどで世界中に読者を獲得している状況はエンタメ作家的と言えるでしょう。

世界的人気では村上さんをしのぐ米国の「ホラーの帝王」スティーブン・キングさんが、今回初めてラドブロークスの予想下位に入ったことが話題になるくらい、エンタメ作家には狭き門となっているのです。

選考対象かどうかがわかるのは50年後

そもそもノーベル文学賞はノミネート制ではなく、選考過程が公開されるのは50年後と決まっています。

1960年代に谷崎潤一郎や三島由紀夫が最終候補として議論されていたことが後に明らかになりましたが、50年後、村上さんは全く選考対象になっていなかったことが判明する可能性もあるのです。

村上さん自身はノーベル賞をはじめ文学賞への意欲を語ったことは一度もありません。

毎年、名前が挙がることについて、著作の中で「わりに迷惑です」とつづっています。

「だって正式な最終候補になっているわけじゃなくて、ただ民間のブックメーカーが賭け率を決めているだけですからね。競馬じゃあるまいし」と否定的な見解を示し、「脳減る賞」とのジョークで断じているのです。

ネットの声

「誰が期待しているのだろう?まあ、出版社とそれに結託したメディアなんだろうがそれだけのから騒ぎにしか思えない。村上春樹の作品なんて、海外では知名度があると言っても比較的の話で、しかも、別に世界に訴えかける、強い何かがあるってわけでもない。ただの流行作家でしょ。それ以上でもそれ以下でもない。別に歴史の残したいほどの絶賛される価値がある文章力や表現力があるわけでもない。」

「いつも思うけど。ノーベル賞は文系の賞は辞めたら。文学、経済、平和ら。これら、結構、主観的要素が強く入り込む余地がある賞だから。理系の賞は、成果が客観的に評価できるし、素人の私らにもその成果を説明されれば、わかりやすい。欧米とくに欧州では、文系の賞はさほど評価されてないと聞くけど。寿司屋の松竹梅の内、理系が松、文系が梅だとか。」

「ノーベル賞で理系の賞は生活への貢献度ということで選考されているらしいが、もっと基礎的な発見とかに重きを置くべきだと思う、昔はそうだったと思うが、最近は選考基準が低俗化しているように思う、一方文系の賞はあまり意味がない、経済学賞なんぞはそもそも経済学というのが学問ではなくなってきており、最近の複雑な社会現象で経済学のアカデミー性はうすれてしまっている。文学賞も基準があいまいで、平和賞にいたっては選考基準も出鱈目で受賞者が後に悪者に転身しているのが多い。数学賞がないのは残念だ。村上さんものどから手がでるほど欲しがっていると思うが、これだけ外されてきたことは理由があり、まあ無理かもしれない。」



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