カイロス3連続失敗、それでも前へ

2026年3月5日、和歌山県串本町のロケット発射場「スペースポート紀伊」から、日本の宇宙スタートアップ・スペースワンが開発した小型ロケット「カイロス」3号機が打ち上げられました。

しかし発射からわずか68.8秒後、第1段エンジンの燃焼中に自律飛行安全システムが作動し、機体は自動爆破されてしまいます。

搭載していた超小型衛星5機はすべて失われ、ミッション達成には至りませんでした。

2024年3月の初号機、同年12月の2号機に続く3号機もまた、「飛行中断」という結末を迎えています。

3回連続での挫折——それでもスペースワンの豊田正和社長は記者会見で「失敗ということとは考えていない」と言い切りました。

この言葉に、宇宙開発の本質と、民間企業が切り拓こうとしている未来への強い意志が凝縮されているといえるでしょう。

ロケット開発とはそもそも、どれほど難しいものなのか。

なぜ「失敗」という言葉を使わないのでしょうか。

そして、次への一歩はどこにあるのか。

この記事では、カイロス3号機の失敗の経緯と背景、そして宇宙開発における「失敗の哲学」について、じっくり考えていきます。

カイロス3号機、何が起きたのか

3号機の打ち上げに向けた道のりは、本番前から波乱続きでした。

当初は2026年2月25日が打ち上げ予定日でしたが、天候の影響で延期を余儀なくされています。

3月1日に再設定されたものの、上空10km付近の風が予測より弱かったとして、予定時刻の30分前に中止が決まりました。

さらに3月4日には、打ち上げの28.9秒前に全球測位衛星システム(GNSS)からの信号受信が不安定になり、緊急停止を余儀なくされています。

そして翌5日の午前11時10分、ついに3号機はリフトオフしました。

発射直後は順調に見えていたのですが——。

68.8秒後、高度約29kmの地点で自律飛行安全システムが作動し、機体は自動爆破されてしまいました。

スペースワンの会見では「機体などに大きな異常があったとは認められていない」とされており、原因の究明は今後の調査に委ねられています。

初号機・2号機との違い

3回の打ち上げはそれぞれ、異なる原因で失敗しています。

2024年3月に打ち上げられた初号機は、発射からわずか5秒後に爆発しました。

固体燃料の燃焼速度の見積もりが実際より大きく、第1段エンジンの推力が予測より数パーセント不足していたことが原因とされています。

同年12月の2号機は、宇宙空間への到達には成功したものの、センサーの誤信号をきっかけに第1段ノズルに異常が発生しました。

飛行経路を逸脱したとして飛行中断措置が取られ、衛星の軌道投入には至っていません。

そして3号機では、飛行から68.8秒後という段階で自動爆破となりました。

毎回異なる課題に直面しているという事実は、ロケット開発の複雑さをよく物語っていると思います。

「失敗」と呼ばない理由——宇宙開発の哲学

スペースワンが「失敗という言葉は使わない」というスタンスを貫いているのは、単なる強がりではありません。

宇宙工学の世界では、打ち上げで起きた問題はすべて「データ」として扱われます。

地上試験をどれだけ重ねても、実際の飛行でしか得られない情報があるからです。

振動、熱、電磁環境——これらが複合的に絡み合う実飛行の状況は、どんなシミュレーターにも完全には再現できません。

JAXAの宇宙科学研究所に籍を置くある教授は、人工衛星の開発中に試験で不具合が見つかった際、周囲から「ニコニコしてうれしそうですね」と言われたといいます。

その教授は「今ここで不具合が出てよかった」と感じていたと、広報誌に書いていました。

宇宙で同じことが起きれば衛星は終わりですが、地上や試験の段階で見つかれば修正できます。

失敗を喜ぶのではなく、失敗から学ぶことを本能的に体得しているエンジニアの感覚だといえるでしょう。

「ロケット開発は直線的に進まない」

スペースワンはかねてから「ロケット開発は直線的に進むものではない」という考え方を示してきました。

実際、初号機から2号機の間に9か月、2号機から3号機の間には約1年3か月のインターバルがあります。

その期間に、膨大な飛行データの解析と設計の見直しが行われてきたわけです。

3号機に搭載されていた衛星は、台湾国家宇宙センター(TASA)、広尾学園、テラスペースなど5機でした。

民間企業単独で国内初となる衛星の宇宙軌道投入を目指すという、野心的なミッションだったといえます。

3号機での失敗は単なる技術的後退ではなく、次号機に向けた重要なインプットになる——それがスペースワンの一貫した姿勢です。

SpaceXも同じ道を歩んだ——3連続失敗からの逆転

現在、ロケット打ち上げ市場でほぼ独り勝ちの状態にある米スペースX社も、かつてはスペースワンと同じ苦境に立たされていました。

同社が最初に開発した小型ロケット「ファルコン1」は、2006年から2008年にかけて3回連続で打ち上げに失敗しています。

会社はほぼ経営破綻寸前に追い込まれ、4回目の打ち上げが事実上「最後のチャンス」と言われる状況でした。

しかし2008年9月28日、ファルコン1の4号機は見事に軌道投入に成功しています。

民間企業が完全独自開発した液体燃料ロケットとして、世界で初めて地球周回軌道への到達を果たしたのです。

この成功がNASAの目に留まり、翌年末には16億ドルの商業補給サービス契約を獲得しました。

これがスペースXの飛躍的成長の出発点となっています。

「3連続失敗」は珍しくない

ロケット開発の歴史を振り返ると、初期の連続失敗は決して珍しいことではありません。

現在、年間130回以上の打ち上げを行い、世界全体のロケット打ち上げ数の半数以上を占めるスペースXでさえ、スタート地点はそこでした。

3回連続で壁に跳ね返されながらも、4回目で突破口を開いています。

スペースワンが向かおうとしている場所が、その先にあるとすれば——3回の挫折は道半ばの出来事に過ぎないといえるでしょう。

宇宙開発に携わるエンジニアたちが「失敗」という言葉を使いたがらない理由も、おそらくそこにあります。

失敗ではなく、プロセスの一部なのです。

4回目に向けて——スペースワンが目指す未来

スペースワンは2018年、キヤノン電子、IHIエアロスペース、清水建設、日本政策投資銀行の共同出資によって設立されました。

同社が掲げるビジョンは「宇宙宅配便」の実現です。

全長約18メートルのカイロスロケットと、和歌山県串本町の専用射場スペースポート紀伊を一体運用することで、小型衛星を迅速かつ柔軟に宇宙軌道へ投入するサービスを目指しています。

現在、日本国内で衛星を打ち上げる手段は限られており、多くの企業や研究機関が海外ロケットに依存している状況です。

スペースワンが安定した打ち上げ実績を築ければ、衛星打ち上げ費用の国外流出を防ぐだけでなく、日本の宇宙産業全体の底上げにもつながります。

3号機失敗後、豊田社長は「確実にノウハウと経験を蓄積している。それをもとに前に進んでいく」と述べています。

3回の挑戦を経て積み上げてきたデータと知見は、4号機の設計に確実にフィードバックされるはずです。

カイロス3号機の打ち上げを見守った観客の中には、「次は4度目の正直や」とつぶやいた家族連れもいたといいます。

その言葉は、失望ではなく確かな期待の言葉でした。

SpaceXが3連続失敗の後に4回目で成功したように、スペースワンにも4回目での飛躍を期待したいところです。

ニコニコする余裕はなくても、前を向き続けること——それが宇宙開発に挑む者の矜持であり、次の成功への唯一の道だといえます。

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