カトちゃん…志村けんの不調は「コロナかも」

加藤茶、志村さんの不調「コロナかも」と疑い「病院運べ」と指示 共演話も進んでいたそう。

カトちゃんが12月12日、妻でタレントの加藤綾菜とともにMBS・TBS系「サワコの朝」に出演。

ザ・ドリフターズの盟友で、今年の3月に新型コロナウイルスによる肺炎のため70歳で死去した志村けんさんについて語りました。

スタッフから電話が

カトちゃんは

「まだコロナってどういう病気なんだろうなってわからないときに(スタッフから)電話がかかってきて。(志村さんが具合悪くて)入院する前に。『加藤さん、どうしたらいいだろうか』って。『どうしたらじゃなくて、もしかしたらコロナじゃないのか』って。『病院にすぐ運べ』って言って4日間ですね。亡くなるまで。びっくりしました」

と衝撃を振り返ったのです。

志村さんが2月20日に70歳を迎えたことで、カトちゃんは

「僕たち(加藤、仲本工事、高木ブー)に追いついてきて、70になったらできるコントあるよなって。これをお客さんに見てもらおうなって志村と話してたんですよ。たぶん、間が空くと思うけど、その間が全部味になって出ると思うんで、面白いと思うよ。絶対やろうなって」

と共演の話を進めていたと告白。

「そうしたら、あっけなく逝っちゃったんで、すごいショックでしたね」

と寂しさをあらわにしていました。

死ぬまでコントができると思ってた

カトちゃんは

「やっぱりかけがえのない相方だったんで。志村はずっと生きてると思ってたんですよ。絶対、僕の方が先に逝くだろうと思ってたんで。だから僕が死ぬまで、たぶんコントできるだろうと思ってた」

と思いを明かしました。

「盟友」という志村さんは、かつて自身の付け人でした。

「(彼が)入ってひと月もしないうちに友達みたいな感じになって。冗談言ってても『やめろ!この野郎』って僕を殴るんですよ。こいついけるかもしれないと思った。長さんに殴られるより、志村に殴られる方が気持ち良かった」

と知り合った当初から息が合っていたそうです。

カトちゃん宅から通っていた

実家の東村山が都心から遠く、カトちゃん宅から通っていた志村さんは、カトちゃんの母親からもかわいがられていたそうです。

「朝出かけるときにおふくろが『きょう何食べたい』って言うと、志村が『すき焼き』って言う。すると、すき焼きが作ってある。(志村は加藤宅へ)帰って、真っ先に冷蔵庫に行ってビール開けて飲んでる。僕がひと息つく前には風呂に入ってる」

とエピソードを披露して笑わせていました。

1974年にドリフを脱退した荒井注さんの代わりに、いかりやさんは荒井さんと同世代を入れようとしていたそうですが、カトちゃんが志村さんを強く推して実現したということです。

綾菜も、夫と志村さんと3人で喫茶店に行ったりしていたというのですが、

2人の会話は「何話してるのか分からない。『あれのさ、そこどうする?』とか主語のない話でも2人は通じ合ってて」と仲の良さを伝えていました。

ネットの声

「まだまだ笑わせて欲しいです。最高のコンビでしたね。ドリフターズは永遠ですね。語り継がれえて行って欲しいです。」

「呼吸器系疾患の既往歴があった志村けんさん。残念ながらその行動はあまりに無防備すぎたのでは?未だ病気の怖さが充分に知れ渡る前だったのも不運だったか。」

「カトちゃんは本当は自らが亡くなった時に一番弔辞読んで欲しかったのは他ならぬ志村けんだろうな…長さんに引き続きまさかケンちゃんの弔辞読むなんて無念だったろうに。」

カトちゃんケンちゃんなら「ヒゲダンス」が最高でしたね。

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