ある意味納得…僧侶になった元歌手の香田晋さん福井県!

香田晋…紅白歌合戦にも出場。クイズ番組では“おバカ”キャラとして愛された演歌歌手です。その香田晋が何も語らず芸能界から去っていったのが2012年。紆余曲折を経て現在は僧侶として活躍しています。

ネットでは『元歌手の香田晋さん福井県』謎の五七五が話題に…。

歌を歌っていた!

福井県美浜町の山間にある徳賞寺。

そこで力強い演歌が響きます。

聴衆を前に僧衣姿でマイクを握っているのは、人気演歌歌手だった香田晋(本名・鷲崎孝二)さん(52)。

2018年11月、同寺で得度(とくど)した鷲崎さんは月に1、2回、僧侶の務めを果たす傍ら、地域イベントで歌を披露し、さらには、書をしたためたりと地元からのお願いにも応じています。

鷲崎さんは

「若狭には深い縁を感じる。地域のお役に立てることなら頑張っていきたい」

と話します。

何故僧侶に??

18年、長年介護をしていた義理の祖母を亡くしたことが転機となりました。

幼い頃に両親と離れた鷲崎さんは「義理の祖母は真の理解者で、つらい時も心の支えだった」と話します。

自分で経を読み、できる限りの供養をしたいということで、恩師でもある作曲家船村徹さん(故人)の知人の同寺住職の粟谷正光さん(71)に相談したところ仏門の道へ誘われたのです。

義理の祖母の葬儀を終え、現在は自宅がある神奈川県横浜市から月1、2回同寺に帰山。

僧名「徹心香雲(こううん)」として、粟谷さんに付き添い檀家への法話や読経などを務めているのです。

檀家や参拝者らと交流するうちに、歌の披露や書を書いてほしいと依頼されるようになりました。

9月には町内の祭りで数曲歌ったほか、10月9日には福井県若狭町熊川に造られる忍者道場へ書を提供。

10日には、檀家の集いで法話と演歌約10曲を披露するなど、忙しい日々を送っているのです。

鷲崎さんは

「書や仏教と出合うことができ、毎日がとても充実している。これも若狭地域との縁のおかげ。今後も感謝の思いを込め、地域の役に立っていきたい」

と笑みをこぼします。

引退後は飲食店経営

鷲崎さんは1989年に作曲家船村徹さん(故人)にスカウトされ歌手デビューします。


94年にNHK紅白歌合戦に初出場したほか、クイズ番組の解答者として茶の間の人気者になったのです。

ただ、バラエティー番組への出演が増えると、歌手活動は思うようにできなくなりました。

「自分の意志で動くことはできず、心が限界だった」

2012年に芸能界を引退します。

周囲からは突然の引退に映りました…。

当時、さまざまな憶測が流れたのですが、引退後は福岡県内で飲食店を経営します。

板前として腕を振るっていたのです。

精神的に追い込まれていた…

飲食店経営時に取材に応え、引退理由について話しています。

「わざわざ、東京から来てくださったわけですし、もう、ちゃんと話さないといけないですよね……。僕が気持ちのうえで、芸能活動を続けられなかったんですよ。ホント、精神面で追い込まれていたんです。精神科にも通っていましたから。バラエティー番組では明るく振る舞っていたけど、僕の心の中はズタズタで。十分な暮らしはさせてもらっていたけど、時間的な余裕がなくて何も楽しくなかった」

当時、バラエティー番組で人気者になり、グルメのレポートやトーク番組など、歌手以外の仕事が多くなっていったのです。

「バラエティー番組に出ているとき、"なんで、自分はここにいなくちゃいけないのかな"って思いながら座ってるんですよ。もう呼ばれないようにしようと思って、ワーッて無茶やってみるんだけど、それが逆にウケちゃって。そして、コンサートやロケで移動も多くなってくる。そうなると、やっぱり寂しくなっていくんですよ。そのうち、歌もなかなか思いどおりに歌えなくなってきてしまった。声が出ないというか、イメージどおりに歌えない。そうなると、トークでごまかしたり、演出でごまかしたりして逃げるようになった。どんどんと、精神的に追い詰められて、それで、芸能界から逃げ出したんです。ファンのみなさんに対して本当に申し訳ないと思っています。応援してくださった方々に、謝らないといけないですね。申し訳ないという気持ちは今でもあります。事務所に対してもレコード会社に対しても、大変迷惑をかけてしまいました」

見た目とは裏腹に繊細な人だったのですね。

引退した翌月の12年5月、当時神奈川県内に住んでいた本人を直撃しています。

そのときは質問に答えることなく、サングラスにヒゲという異様な姿だけが話題になっています。

「あのころは精神的に最悪でしたね。一番つらかったときです。そして、ほかの人と話すのが本当に怖かった。街に出れば気づかれないように、サングラスをしてヒゲを生やし、下を向いて歩いていました。だから、自分から芸能界を辞めた理由を説明することができなかったんです」

09年に前妻と離婚。

離婚後に交際を始めた11歳下の女性と再婚。

飲食店経営時の取材では以下のように締めくくっています。

「今の僕は元・香田晋ですが、もう香田晋で商売するつもりはないですよ。芸能界の人とは全然、会ってないし連絡も取ってないですよ。辞めたときに電話番号を変えちゃいましたからね。もし、記者さんが芸能界の人に会って僕のこと聞かれたら、元気だったよって言っといてください」

いろいろなことを経験して僧侶となったのですね。

ネットの声

「『元歌手の香田晋さん福井県』ってトレンド面白すぎる。元歌手の香田晋さん◯◯にとかならわかるのに。福井県という謎の体言止めw」

「香田さん僧侶になってたのか。紆余曲折あって今が一番充実してる、という感じを受けたわ。」

「北九州で飲食店・・・までは知ってたけどもいろいろ思うところもあったんでしょうねえ。再婚した奥さんとはどうなったのかな??」

いろいろありましたが、僧侶になった顔が一番輝いて見えますね。

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