中東に広がる戦火と日本の外交的役割

「火の用心」

小さな火でも、ひとたび燃え広がれば手がつけられなくなる——その怖さを人々に伝えてきた警句だ。

作家・野上弥生子(1885〜1985年)は随筆「巣箱」の中で、こう記している。

〈世界地図のどこかの端っこで、ほんのちょろちょろしていると思った火が、なにかのきっかけで不意にマップ全体にめらめら拡がったとしたら…〉。

生涯に2度の大戦を経験した作家による、小さな火が全世界を焼き尽くしかねないという警告は、100年近くを経た今もその重みを失っていない。

2026年2月28日、イランの核開発問題をめぐってくすぶり続けていた火は、米軍とイスラエル軍による大規模な攻撃によって一気に燃え上がった。

その炎は今、中東全域へと広がりつつある。

野上弥生子の警告——「ちょろちょろ」から「めらめら」へ

二度の大戦を生き抜いた作家の言葉

野上弥生子は1885年に大分県臼杵市に生まれ、1985年に99歳で没した作家だ。

夏目漱石の門下で文筆活動を始め、第一次世界大戦と第二次世界大戦という未曾有の惨禍を身をもって体験した。

随筆「巣箱」に綴られた一節は、戦争というものが最初は「ちょろちょろ」とした小さな火種として始まり、それがある瞬間に取り返しのつかない炎へと変わる恐怖を見事に言い表している。

以前にこの文章を読んだとき、多くの人は頭で理解しただけだったかもしれない。

しかし2026年の今、状況は違う。

イランの核開発をめぐって長年くすぶっていた「ちょろちょろ」の火が、米軍とイスラエル軍による攻撃で「めらめら」と燃え上がる炎となった。

野上の言葉は、過去の文学的表現ではなく、現在進行形のリアルな警告として私たちに迫ってくる。

2026年2月28日——攻撃の開始

2026年2月28日、米国とイスラエルはイラン全土を標的とした大規模な軍事作戦を開始した。

イランの防空システムやミサイル発射装置など約500の標的が一斉に攻撃され、首都テヘランをはじめ広範囲に渡り爆発が起きた。

この作戦でイランの最高指導者・ハメネイ師(86歳)が死亡した。

翌3月1日、イラン国営メディアが死亡を公式に認め、40日間の服喪が宣言された。

「ちょろちょろ」していた火は、最高指導者の命を奪うほどの炎となって中東全域へと広がり始めた。

報復の炎——中東全域に広がる戦火

イランの反撃とその規模

米・イスラエルの攻撃を受けたイランは即日、大規模な報復攻撃を開始した。

イラン革命防衛隊は「敵が決定的に打ち破られるまで容赦なく続く」と宣言し、中東各地の米軍基地やイスラエルに向けてミサイルとドローンを発射した。

バーレーン、クウェート、UAE(アラブ首長国連邦)、カタールの米軍基地が標的となり、各地で爆発音が確認された。

サウジアラビア外務省は首都リヤドなどへの攻撃を発表し、サウジ東部ラスタヌラの石油施設に向けて無人機が飛来したことも明らかになった。

さらにイスラエルにもミサイルが複数発射され、エルサレム上空などで迎撃が行われた。

ヒズボラも報復参戦を宣言し、中東全域が戦火に巻き込まれる事態となっている。

米兵の死亡と戦線の拡大

米軍は対イラン作戦において兵士3人が死亡、5人が重傷を負ったことを公式に認めた。

この事態を受け、トランプ大統領はイランへの報復を宣言し、対イラン軍事作戦は「4〜5週間必要だ」との見通しを示した。

攻撃開始からわずか数日で、中東は1945年以降最大級の軍事的緊張状態に突入した。

野上弥生子が危惧したように、「ちょろちょろ」の火は今やマップ全体を焼く炎となりつつある。

ホルムズ海峡と日本への直撃

「世界の石油の咽喉部」が揺れる

日本にとってこの戦火は、遠い中東の出来事ではない。

イラン南岸に位置するホルムズ海峡は、ペルシャ湾の入り口にある幅わずか約34〜95kmの狭い水路であり、世界の海上石油貿易の約20〜25%がここを通過する。

米エネルギー情報局(EIA)によると、2024年には日量平均2000万バレルの原油がこの海峡を通過した。

日本は原油輸入の約9割を中東に依存しており、そのうち2023年輸入量の約74%がホルムズ海峡経由とされる。

イランはこの海峡の封鎖を検討しており、イラン国会は封鎖を求める方針を承認した。

事実、攻撃後すでに海峡周辺では船舶航行に混乱が生じており、日本郵船や川崎汽船は海峡通行を停止する措置を取った。

日本のエネルギーと経済への影響

ホルムズ海峡が事実上封鎖された状態となったことで、原油価格は急騰した。

国際指標の北海ブレント原油先物は約6〜8カ月ぶりの高値水準を記録し、米原油先物相場も約7カ月ぶりに1バレル=70〜75ドルを突破した。

円安が重なれば、原油の輸入コスト上昇はガソリン価格や電気・ガス料金の高騰、さらには物流コスト増加を通じて日本国民の生活を直撃する。

日本は国内に約254日分の石油備蓄を持つが、封鎖が長引けばその効果にも限界がある。

石油不足への備えは急務だが、それだけでは足りない。

日本が果たすべき役割——石油備蓄を超えた外交的責任

高市首相の対応と「論評回避」の現実

高市早苗首相は攻撃開始当日の2月28日夜、関係省庁に情報収集と在留邦人の安全確保を指示し、官邸にイラン情勢に関する情報連絡室を設置した。

3月2日の衆院予算委員会では「イランによる核兵器開発は決して許されない。外交的解決を強く求める」と述べ、「国際社会とも連携しながら、引き続き必要なあらゆる外交努力を行っていく」との考えを示した。

一方で日本政府は米国の攻撃への評価は避け、木原官房長官は「確定的な法的評価を申し上げることは差し控える」と述べるにとどまった。

米国の同盟国として、また長年イランと独自の外交チャンネルを持ってきた国として、日本は難しい立場に置かれている。

「石油不足に備えるだけでは足りない」——日本の外交的責任

日本はイランとの間に歴史的に良好な関係を築いてきた。

戦後の石油危機や多くの緊張局面においても、日本は独自の外交ルートを保持し、仲介的な役割を果たしてきた実績がある。

米国の同盟国でありながら、イランとも友好関係を持つという日本の立ち位置は、この危機において唯一無二の外交的資産となりえる。

石油備蓄の確保や在留邦人の保護は当然必要だ。

しかし野上弥生子が警告したように、「ちょろちょろ」から「めらめら」へと広がる炎を止めるには、エネルギー問題の解決だけでは足りない。

この世界的危機において日本が果たすべき役割は、エネルギー安全保障を守ることにとどまらず、対話と外交を通じて停戦への道を切り開くことではないか。

「巣箱」の一文が、今この瞬間にこれほどまでに重く響く時代が来ようとは——野上弥生子自身も想像しなかったかもしれない。

だからこそ、その警告に応える責任が私たちにはある。

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