亡くなった野村克也氏が、最後まで嫌った「8人の男たち」

野村克也氏はインタビューによく応じてくれたそうです。

見るからに話が好きそうですからね。

その中で、話が脱線してくると“プロ野球をダメにした男たち” への悪態をつきはじめるのです。

原辰徳、高橋由伸

もっとも名前が挙がったのが、巨人・原辰徳監督。

「名将? まさか。彼はエリート然とした “お坊ちゃん”。あの成績は、(巨人の)財力と組織力のおかげ。原に、『監督論』を聞いてみたいね。

彼がNHKの評論家時代に、カル・リプケンをスタジオに迎えたことがあった。
そこで、いきなり『シー・ユー・アゲイン(また会いましょう)』と言っちゃった。
有働由美子アナに『(英語での)挨拶ぐらい教えといてやれ』と言ったら、『教えたんですが』と笑っていたよ。

試合後の談話を聞けばいい。とにかくウケを狙おうと、色気が悶々としている。逆に、記者とほとんど話をしないのが、(前巨人監督の)高橋由伸。慶應大出身の、“ボンボン監督” らしいわ。

俺は昔から『監督というのは、広報も兼ねている』と言ってきた。だから、見出しになるようなことを言ったし、選手評も語った。新聞を使って選手に刺激を与えるわけだ。
2人からは監督としての思想、哲学が感じられない。組織はリーダーの力量以上には伸びないんだから」

星野仙一、田宮謙次郎

故・星野仙一氏を語る口ぶりは、辛辣でした。

野村氏が阪神、楽天の監督をやめると、あとを継いだのが星野氏。

そして星野氏は、その2つのチームを優勝に導いているのです。

「星野は、阪神でも楽天でも『 “野村の遺産” で優勝した』と言われて頭にきていたはず。

楽天内部の人間に聞いたんだけど、星野が(野村氏の後に)ブラウン監督の1年を挟んで監督に就いたのは、『いっぺん成績が下がったあとに、監督になりたい』と、頼んだからだというんだ。

俺は2位でやめたから、星野が評価されるには優勝しかないし、ダメなら星野の評価が下がる。そこまで計算してたわけだ。

権力者に取り入るのがうまい “ジジ殺し” なんてあだ名があったけど、俺にはマネできないよ」

阪神については、「監督を引き受けたのは、野球人生最大の汚点」とまで言い切ったのです。

「ミーティングをやっても、選手は時計ばかり気にしている。このチームをダメにしているのは、OB連中。キャンプに激励と称して来るんだけど、選手を夜の街に連れ回すのが目的なんだ。
田宮謙次郎OB会会長(当時)に『迷惑だ』と言ったら、それ以来、俺のところに来なくなった」

栗山英樹、古田敦也

かつての教え子たちにも厳しかった。

2016年の日本シリーズで、日ハムが広島を4勝2敗でくだし、日本一に。このときの優勝監督が、ヤクルト時代の教え子・栗山英樹だったのです。

「第5戦、サヨナラ本塁打で日ハムが勝ったけど、お立ち台で栗山が泣いただろ。シリーズの途中で泣いた監督は、プロ野球の歴史で初めて見た。男の涙というのは、周囲を納得させなければいけないんだよ。リーダーがしっかりしなければ選手はついてこない。

古田敦也にしてもそう。あいつはヤクルトの監督をやめてから、一度も挨拶に来ない。監督としてというより、社会人としての資質に欠けている」

岩隈久志、鈴木啓示

話は楽天時代のエース、岩隈久志にも及びました。

「彼は常に『どこかが痛い』と言う。まわりは『エース』と呼ぶけど、ローテの軸として計算ができなかった。最初に入ったチーム(近鉄)が悪かったと思う。

かつて近鉄には、鈴木啓示という大エースがいた。鈴木は、優勝争いの天王山の試合終盤、『彼を投入すれば勝てる』という試合でも投げなかった。当時の西本幸雄監督に聞くと、『無理をして怪我したら誰が面倒を見てくれるんだ』と言ってたと。

その考えを、岩隈は受け継いでいる。2人に『チームのため』なんて気持ちは微塵もない。すべては自分のため。だから、岩隈をエースとして認めなかった」

こうした野村氏の “悪口” を、取材のたびに「書いてもいいですか?」と聞くと、「オフレコや、俺が天国に行ってから書け」と笑うのが常だったのです。

サッチーは大好きだった

インタビューのなかで唯一、野村氏がべた褒めする人物がいました。

長年連れ添い、2017年に急逝した沙知代夫人です。

「俺はサッチーと知り合い、再婚したわけだが、彼女は “略奪婚” だと、マスコミに叩かれたんだ。

でもそうじゃない。元嫁とは夫婦関係が破綻していたし、俺は元嫁に、不信感を抱いていたんだ。サッチーは、そのへんの事情をいっさい言わなかった。ずっと耐え忍ぶ、強い女だったなあ。だから惚れたし、ずっと寄り添えたと思う。

その彼女が、いなくなって寂しいよ。俺も早くあの世に行きたいんだけど、サッチーが『もう少し頑張りなさい』と背中を押してくれているみたいなんだ。だから、もうちょっと頑張るよ」

これがインタビューで、最後に発した言葉だったのです。

野村氏の死因は、虚血性心不全。

奇しくもサッチーと同じでした。

天国でサッチーが「もう、頑張らなくていいわよ」と、ささやいたのかもしれません。

ネットの反応

「中には本当に嫌いな人もいるかもしれないけど、古田や原についてはしっかりと実績や能力を評価しているし、嫌いというより、理解できない部分があるという程度だと思う。特に原に対する評価は長嶋に対する評価と似ていて、愛憎に近そう。いずれにしても口約束を真に受けて、死後にこんなことを公にする記者は信用ならない。」

「誰であっても素直に評価しないのは、ノムさんらしいね。選り好みはあるけど、名前が上がった方々は著書では、わりと良い評価だったはず。」

「原はともかく高橋なんて嫌うほど付き合いはないだろう。強いていうなら、対巨人だろうな。あとは、殆どが付き合いがある面々なので嫌いと言うのとは少し違うのでは?因みに鈴木は偉大な実績を残してはいるが、ファンからは嫌われて、人気は全くない。」

原のシーユーアゲインは衝撃でしたね。しょっぱなでしたから。

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