ラーメンの相場…一杯1000円は高い?その考えは時代遅れかも

「ラーメン一杯」と聞いて、あなたはどれくらいの値段を想像するでしょうか。

600~700円代を思い浮かべる方が多いと思うのですが、繁華街で営業するラーメン店の看板を見ると、1000円を超えるものも珍しくなくなくなりました。

「高い」と批判されがちな理由

この30年ほどを振り返ると、その間、ラーメンの材料費は値上がりしています。

極端な例では、2015年の鬼怒川の氾濫で養豚場が甚大な被害を受け、豚骨の価格が高騰するとともに、材料そのものが入ってこない事態に陥ったこともあったのです。

それだけではありません。

消費税増税や、バイトを雇うのに最低賃金も525円から1013円と倍近く上がっているのです。

そんな状況にも関わらず、ラーメンは“庶民の味方”という社会的イメージをなんとなく背負わされれているところがあります。

そのため、ちょっとでも値上げすると、すぐに高いだのと文句を言われる矢面に立たされてしまうのです。

中華料理店や大衆食堂など、昭和の商店街で普及した大衆的な飲食店はこうしたイメージを持たれがちなのです。

しかし、ラーメン店が特に高いと言われるのは、家族経営といったアットホームな街の食堂的な側面と、そこから脱却する専門店化へと舵を切っていくという二面性があること。

その点に、食べる側が無自覚である点が大きい。

元々ラーメンは、昨今、町中華と呼ばれるような、チャーハンや餃子、レバニラ定食などもあって、出前もやっている街の中華屋さんで食べられるケースのほうが多かったのです。

それ以外は屋台だったのですが、その屋台から独立して、ラーメン一本で店を構える専門店が増えていきました。

同時に味噌ラーメンや喜多方ラーメンなどのチェーンも台頭。

後に環七ラーメン戦争と呼ばれた80~90年代で一気にラーメン専門店でラーメンだけを食べに行くスタイルが出来上がっていったのです。

今でこそ、駅前にラーメン専門店がたくさん目につきますが、これは前世紀まではない光景だったわけですね。

町中華と専門店は別物

ラーメンが専門化すれば、その店でしか食べられない凝ったもので店同士が競うようになります。

そうすれば自然と、材料費も時間もかかるのです。

スープを取る食材は元より、チャーシューもいいものになっていきます。

それでも、昔ながらの中華そば…庶民の味方というイメージだけは根強く残っているのです。

そのため、原価や労働力に見合わない価格にしないと、他店との競争に勝てません。

昔ながらのあっさりした醤油スープは町中華に行けばいくらだって食べられます。

食べる側としては、食べたいもので行く店を使い分けるのがいいでしょう。

町中華は町中華にしかない良さがあるので、大いに食べて飲んでほしいと思います。

同じラーメンという食品だからといって、ラーメン専門店に見合わない安さを求められてしまいます。

このミスマッチによる不幸が、様々な軋轢を生んでいるように思えてなりません。

例えば、豚骨ラーメンチェーンの『一蘭』などは替玉をすれば1000円を超える価格となります。

さらに同チェーンの豚骨不使用の店舗に限れば、1500円さえゆうに超えるラーメンがざらなのです。

味の好みはさておき、デフレが続かなければ本来これくらいの価格が当たり前になっていたはず。

また、海外に目を向ければ、ラーメン一杯1000円どころか、2000円近くすることも珍しくありません。

そこには、材料をどう調達するかなど、日本でラーメンを作るのとは異なる事情があり、一概に日本と比較は出来ません。

それでも1回のランチにかけられる価格の差が、日本とは歴然と開いた感は否めないのです。

それほどに、日本は30年経済が停滞したとも言えます。

30年で1.5倍ほどの価格上昇、しかもその中身のコストも全く同じではなくなっているのです。

それにも関わらず、値段だけを見て高いと一蹴されるのはあまりに残酷な話です。

1000円でもギリギリなはず

今、ラーメンを生業とするということは、数ある飲食がただでさえ厳しい中、はっきり言って苦しすぎるでしょう。

年商にして何億も儲かる商売だったのは、今は昔なのです。

90年代でさえ極一部の店の話で、ほとんどのラーメン店が非常に厳しい経営状況にあります。

そこにきてこの新型コロナ。

多くの飲食店が進むも地獄、退くも地獄の中、ラーメンを提供し続けたい一心で、テイクアウトに注力するしかない状況となっているのです。

ラーメンはそもそも汁物…。

テイクアウトには向かない中、サイドメニューやチャーシューを持ち帰れるようにする店があります。

さらに、スープを容器に入れラーメンそのものを家で楽しめるようにするといった、 前述の『宅麺』に似たサービスを行う店まであるのです。

このように多くのサービスが出てくるようになりました。

そうすると、どうしてもこれまで使ってこなかった容器を新たに調達するようになります。

そこに、店で提供するよりさらにコストがかかってしまうのです。

1000円でも安いほう…二郎で一杯2000円のところまで出てきています。

果たしてこのような状況で、それでも「ラーメン一杯1000円以上は高い」と言えるのでしょうか。

常態化すれば多少は安くなるかも知れません。

特に二郎系のラーメンは量が多い分、材料費も提供スピードも、そして食べる側のスピードもかかってしまいます。

どんなに行列しても、その採算ラインは通常営業でもかなりギリギリなはずなのです。

それを今後、席数を減らすなどとすれば、当然一杯のコストに上乗せせざるを得ません。

そう考えた時、たとえ正常化したとしても、これまでギリギリだったラインに戻した価格を今後も食べる側が求めるべきなのでしょうか。

これまで店側の良心に甘えてきた部分を、コロナ禍で今一度、考える機会が与えられているように思えてならないのです。

ネットの反応

「原価を考えれば千円は高いと思う、それだけ美味しければまだ良いけど、大体は感激するほどは美味しいとは思わないです、ラーメンってもっと素朴で良い」

「バイトの賃金が上がったのは牛丼屋だって同じこと。牛丼(並)の3倍もするのなら、やはり高いと言わざるを得ない。」

「食の価値観の問題、価値が有れば出す、無ければスルーそれで良い、価値観に正解、不正解は無いから、語っても仕方がない、ラーメンと言えばチキンラーメンと言う人もいる、それも間違いじゃないしね。」

ラーメンのスープを作るのに人気店や有名店は手間暇をかけています。

ラーメン代に多くの人件費を乗せざるを得ない事情もあるんですよね。

他の飲食店と比べるので1000円はどうしても高いということになってしまいます。

また、ラーメン店は回転率が勝負です。

食べる側としては1000円も出して食べるのならお店でゆっくりしたいはず…普通のラーメン店ではそのような雰囲気はありません。

ならばこそ、お客さんをたくさん呼べるようなラーメン店にしないと勝負できませんし、そのために安くするしかないでしょう。

それと、スーパーでは300円も出せばおいしいラーメンもありますから、お店で1000円払う気になれないというのもありますね。

カップ麺でよければ100円ですから…。

おすすめの記事