情報という甘いささやき…スマホ中毒にどう対処したらいい?

「スマホ中毒」が問題になり始めている。米国のあるドキュメンタリーで、女性レポーターが「どれだけスマホ中毒になっているか」ということを実体験していました。

自転車に乗りながら片手でスマホを操作する若者を見ると「かなりの中毒だな……」とも思います。

スマホ教の不気味さ

中毒症状はタバコに似ています。

半日も触らないでいると禁断症状が出てくる……タバコとスマホ、どちらが健康に悪いのでしょうか。

歩きタバコと歩きスマホ…どっちが害悪なのか。

もちろん、いまやスマホは「生活必需品」ですから、麻薬や酒のように「禁止」という選択肢はありません。

だとしたら、我々はこの「スマホ中毒」とどのように向き合うべきなのでしょうか。

大昔、デジタルなどと言う言葉が一般的ではなかった頃、電車のなかでは新聞・雑誌・本などを読むか、ラジオをイヤホンで聞くことくらいしかできませんでした。

ですから、1979年にソニーが「ウォークマン」を発売した時、日本だけではなく世界に衝撃を与えたのです。

今では当たり前の「いつでもどこでも好きな音楽が聴ける」ということは、まさに革命であり、これによって「世界のソニー」のブランドイメージを確立したと言えます。

もちろん、音楽をイヤホンやヘッドフォンで聴くのは(音が外に漏れない限り)他人に迷惑とは言えません。

また、最近の車内では、ほとんどの人が「スマホを拝んでいます」。

もちろん比喩ですが、自分の前にスマホをつき出し、うつむき加減で操作している姿は、宗教の信者が集団で祈っているようにも見えます。

もちろん、これも他人に迷惑とは言えません。

車内で酒を飲んだり、タバコを吸ったりなどとは明らかに違う行為だからです。

しかし、自転車をこぎながらスマホを操作することによって他人にぶつかるという事故はしばしば聞きますし、歩きスマホの人間が突進してきて危うく衝突を免れるという危ない出来事は多くの人が体験しているはず。

「酒を飲んでも飲まれるな」とはよく言われることですが、行動を自制して「適量」に抑えることができれば、大きな問題はありません。

問題は、二日酔いが珍しくないことに象徴されるように「適量」を守ることが簡単ではないという点にあるのです。

「スマホ中毒」も同じです。

スマホそのものは画期的な文明の利器ですが、「過度な依存」によって問題が生じるのです。

スマホから煙は出ませんが、「アイコス」や「プルームテック」などの加熱式タバコも基本的に煙は出ません。

それでは、加熱式タバコは、電車の中や公共の場所で自由に楽しんでよいのでしょうか。

ぶん、色々な議論があるでしょうし、「最低限のマナー」が要求されるのは間違いないでしょう。

塩もスマホも必要不可欠だから厄介

「塩」は人間にとって必要不可欠な栄養素です。

大量の発汗で水分とともに塩分が流れ出てしまった場合など、昏睡状態となって病院に運ばれる者や死亡する者も出ているとの話もあります。

これには、「塩は健康に悪い」ということが常識になり、「減塩」を推進している人々の体内の塩分濃度が低水準になっていることも影響しているように思われます。

確かに塩で人を殺すことは可能です。

体重60キロの人の致死量(50%の人が死亡する値)は約180グラムですが、幼児などは小さじ数杯でも死に至ることがあるので要注意です。

しかし、人類の歴史の上で「塩分のとりすぎ」が問題になることなどほとんどありませんでした。

進化の過程で塩分が豊富な海から陸上に上がって以来、「動物」は陸上の限られた(偏在する)資源である塩の不足に常に悩まされてきたからです。

ちなみに「植物」は違った進化の過程をたどり、むしろ「塩害」などと言う言葉があるほど。

その貴重な塩を確保するために、人間の生理機能は「異常にも見える執着」を持っているのです。

「減塩」に苦労したことのある人なら実感を持って理解できるでしょう。

学者によっては、この「塩に対する執着がすべての中毒の根源」だと主張しています。

実は、中毒は人間の生存本能と深く関わっているのです。

ですから「中毒」に対応するのは大変困難なのです。

人間は「生死を分ける」情報が乏しい中で生きてきた

「『塩中毒』は動物が陸に上がったときからの(生理的)本能だから解決が難しいが、スマホが無くても命に別状はないからすぐにやめることができるんじゃないの?」という意見は当然出てくるでしょう。

しかし、麻薬、酒、タバコをやめたからと言って命に別状があるわけではありませんが、深刻な中毒になりえるのは周知の通りです。

確かに「塩中毒」は生きていくための生理的欲求が起源ですが、「中毒になるのは人間の脳」なのです。

麻薬、酒、タバコを摂取すると、快感などの形で「脳への報酬」が与えられます。

これが中毒を引き起こす原因なのです。

それでは、「スマホが脳に与える報酬(のもと)」とは何でしょうか。

それは「情報」です。

「情報? そんなもので中毒になるの?」と思う人もいるでしょう。

しかし、世の中に情報があふれるようになったのは比較的最近のことです。

インターネットでは明らかに「供給過剰」ですが、グーテンベルグの活版印刷術以降も「本」の情報は貴重なものとされましたし、それ以前は知識の泉である書籍には「特別な霊力が宿る」と考えられていたほどです。

「トラがやってきたぞ!」という情報は、ウソでも間違いでも、とりあえず信じたほうが生存に有利です。

また、そのような情報をたくさん獲得するように脳は進化してきました。

ですから、人間はどのような情報でも「新たに獲得すれば脳に報酬が与えられる」ようになっています。

「知識欲」はその本能が昇華された形であり、その知識欲によって人類の文明が進化したとも言えるのです。

しかし、人間が快感を得るのは「高度で洗練された情報」だけではありません。

ありとあらゆる「新しい情報」に快感を得ることが、スマホ中毒の大きな原因なのです。

スマホからは次々と新しい情報がやってくるから、その「情報を得る快感」から逃れられなくなるのです。

仲間ともつながっていたい

また、人間は「群れる動物」でもあります。

「村八分」という残酷な刑罰が象徴的に示すように、人間は集団で暮らすのが基本で、「集団での生活に適応するよう進化」しています。

特に古代においては、集団から追い出され1人で生きていくことは、「集団での狩りができないだけではなく、猛獣から身を守るための見張り役も存在しない」から、「限りなく死に近い状態」でした。

したがって、人間の脳も「他人とつながる」ことで快感を得るのです。

SNSで「いいね」をもらうのがうれしいのはそのためです。

このように考えてみると、スマホも塩と同じように「必需品でありながら中毒にもなる」厄介な存在であることが分かります。

今一度、スマホとのつきあい方を考えるべきではないでしょうか。

塩はもちろんですが、酒やタバコとの付き合い方もヒントになるかもしれません。

ネットの声

「自制出来なくなる境界は、やはり“快感度”によるのではないかと。今のスマホは色んなことが出来過ぎて、楽し過ぎるアイテムになっちゃっているのも一因だと思う。これ一つでなんでもかんでも出来るような状況だから、「楽しい+必要」で手放せなくなっちゃっている人も多いでしょ。便利なのは良いことでも、便利過ぎるのは危険ですらある。人の潜在能力がどんどん弱まる一方。」

「スマホは、使い方にもよりますが、脳に快楽物質を与えると聞いたことがあります。自分もそうですが、ゲームやSNSを何時間も続けていたりすると、時間の経過を忘れてしまいます。時間管理がルーズになってしまったので、スマホではゲームをしないことに決めました。おかげで結構、時間にゆとりが生まれるようになり、精神衛生上も良いようです。」

「何となく気付いた事。
何かあったらどうするの、責任取れるのと、保険の外交員の様にしつこく持つ事を勧める(強要する)。行動が無計画になる。時間にルーズになる。直前に連絡する。電話の仕方が大変失礼になる。(かけられた方が名乗ってから名乗る、等々)もう一つ、(書いてある事だけを信じ)別の考えの人を排斥する傾向になる様な...。」



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