2018年の話ですが…。

『たけしが行く! わがままオヤジ旅3 古都金沢…爆笑珍道中』(テレビ東京系)は、ビートたけしが親友である島田洋七らと金沢を旅するロケ番組でした(4月14日放送)。

カトちゃんがスペシャルゲストで登場

たけしの独立に絡んでたけし軍団と事務所社長の間の対立が騒がれていた中だったのですが、そんな緊張感漂う情勢とは裏腹の、のんびりしたムードの旅番組。

ただ、そこでお笑い好きには見逃せない一幕があったのです。

ザ・ドリフターズの加藤茶がスペシャルゲストとして出演して、たけしとお笑い談義を繰り広げたのです。

かつては『8時だョ! 全員集合』と『オレたちひょうきん族』という人気番組に出演するライバルとして激しい視聴率争いを繰り広げてきた2人。

貴重な共演を果たしたことになります。

先輩である加藤がたけしのことを「たけしくん」と呼び、たけしが後輩らしく気を使っている姿が印象的でした。

荒井注の脱退から新メンバー加入のこと

2人の会話の中で特に興味深かったのが、1974年に荒井注がドリフから脱退して、付き人だった志村けんが加入したときのエピソード。

荒井注の脱退はドリフのメンバーにとっても青天の霹靂だったのです。

これまで通りのコントを続けていくためには、新しくメンバーを加えるしかありませんでした。

当時、ドリフには新メンバーの最有力候補と噂されている人物がいました。

ドリフの付き人を務めていたすわしんじ(現・すわ親治)です。

当時のすわは準メンバーのような形で『全員集合』にも何度も出演していました。

ブルース・リーのモノマネで奇声を発して舞台を横切っていくギャグが評判だったのです。

「6人目のドリフ」と言われるほどの活躍ぶりでした。

そんなすわに関して、たけしも番組内でこう述べていたのです。

「俺らは見てて、笑い取るのはあの当時ブルース・リーのが取ってたような気がするんだよね。だけど志村のけんちゃんは、どうして勝ったのかなっていうと、ネタが広いのかね」

なぜすわではなく、志村が選ばれたのか…。

この素朴な疑問に対して、加藤は意外な答えを返した。

実は、いかりやの当初の予定では志村でもなくすわでもない、別の人物を加入させる予定だったというのです。

「長さん(いかりや)がね、荒井さんと同じ年のやつを入れようと思っていたのよ」

その人の名前は豊岡豊。

「豊岡豊とスウィング・フェイス」というバンドのリーダーとして指揮者を務めていた人物です。

いかりやは、個人的に親交が深く、笑いのセンスもあった豊岡を加入させようとしていました。

しかし、加藤はそれに反対したのです。

カトちゃんが志村を推した

テレビの仕事や営業を長年一緒にこなしてきて、ドリフのコントの作り方もよく分かっている志村を加入させた方がいい、といかりやを強く説得したのです。

結局、いかりやが折れて、新メンバーは志村になったというのです。

実は、これは今までお笑いファンの間で知られてきた定説を覆す衝撃的な事実です。

なぜなら、いかりや長介の自伝本『だめだこりゃ』(新潮社)でも、番組プロデューサーである居作昌果の著書『8時だョ!全員集合伝説』(双葉社)でも、いかりやが「新メンバーは志村しかいない」と初めから決めていたように書かれていたからです。

実際には、それを後押ししたのが加藤だったとすれば、加藤のこの行動がその後のお笑い界の歴史に大きな影響を与えていたことになります。

ドリフに加入した志村は、初めのうちはなかなか活躍できなかったものの、「東村山音頭」のギャグなどをきっかけに頭角を現し、加藤と人気を二分するドリフのエースとなりました。

その後、『8時だョ! 全員集合』が終了すると、加藤と志村だけを残す形で新番組『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』が始まったのです。

そこから現在に至るまで、志村はテレビやライブで長年にわたりコントを演じ続けるお笑い界のレジェンドとなりました。

この話を聞いたたけしは、自分を脅かすような存在の志村をあえて加入させたのがすごい、と加藤の行動に感心。

加藤によると、自分だけが笑いを取る役目を課せられていて、それを重荷に感じているところもあったのだといいます。

「ちょっとだけよ」「すんずれいしました」「ウンコチンチン」などの伝説的なギャグの数々で日本中を爆笑の渦に巻き込んできた加藤は、華々しい活躍の影でそれだけの苦労を重ねてきたのですね。

ネットの声

「豊岡なんとかって人が入ってたらドリフ終わってたな…」

「志村の実力を本当に理解してたのがカトちゃんだったってことがすごい」

「意外といかりやさんてダメダメなんだよね」

新型コロナに負けないで戻ってきてほしいです。

おすすめの記事