岡田有希子が令和の時代に蘇る!竹内まりや提供作品のアルバムが今秋発売!

1986年(昭和61年)に亡くなった伝説のアイドル岡田有希子さんアルバムが10月16日に発売竹内まりやが全11曲を提供したコンピレーションアルバムです。当時アイドル全盛の時代にあって、ほのかに憂いを帯びた歌声が耳に残っている人も少なくないでしょう。

10月16日にアルバム発売!

86年に亡くなったアイドル岡田有希子さん(享年18)のアルバムがリリースされます。竹内まりや(64)が提供した全11楽曲を収録したコンピレーションアルバム「岡田有希子 Mariya’s Songbook」が、10月16日に発売されるのです。

竹内まりやは発売にあたって、デビュー当時の有希子さんと自身の2ショット写真を提供し、「永遠のアイドル」と有希子さんを追想しています。

「デビューから連続での3部作をはじめ、私にとって最も多くの楽曲を提供した歌手は、他ならぬ有希子ちゃんでした。33年の歳月を経て、やっと私自身が「ファースト・デイト」「憧れ」「恋、はじめまして」をセルフカバーすることができた今年、ほぼタイミングを同じくして、思い入れの深かった有希子ちゃんへの提供作品が、ここに1枚のソングブックとしてアルバム化できることを心からうれしく思います。」


1 「ファースト・デイト」
2 「リトルプリンセス」
3 「さよなら・夏休み」
4 「憧れ」
5 「-Dreaming Girl-恋、はじめまして」
6 「気まぐれTeenage Love」
7 「哀しい予感」※ 作詞竹内まりや
8 「恋人たちのカレンダー」
9 「ペナルティ」
10 「二人のブルー・トレイン」
11 「ロンサム・シーズン」

作詞作曲は竹内まりやですが、「ペナルティ」「二人のブルー・トレインのみ作曲が杉真理となっています。(編曲は松任谷正隆、荻田光雄)

アルバム発売の経緯

約2年という短い期間ながら、昭和アイドル史に鮮烈な1ページを残した岡田有希子さん。その間、竹内まりやは作詞作曲で9曲、作詞2曲の計11曲を提供。その全楽曲がコンプリートされたアルバムが平成を乗り越えて令和の時代に発売されます。

竹内まりやは発売にあたって、トレーナー姿でほほ笑むデビュー当時の有希子さんと2ショットで撮った写真を提供しています。

「彼女が生きていたら52歳…没後33年たった今も、あの愛くるしい笑顔と、ほのかな憂いを含んだ歌声が私の胸の奥に深く残っています」

と振り返っています。

2人の出会いは有希子さんのデビュー前でした。所属レコード会社の名プロデューサーだった故・渡辺有三氏が考案した有希子さんのコンセプト「六大学野球を見に行く山の手のお嬢さん」に合うとして、竹内まりやが起用されたのがきっかけだったのです。

有希子さんは84年4月、竹内まりや作詞作曲「ファースト・デイト」でデビュー。


同年シングル「リトル・プリンセス」「-Dreaming Girl-恋、はじめまして」の学園恋愛3部作は全て竹内まりや作です。岡田有希子さんは日本レコード大賞・最優秀新人賞などに輝く鮮烈デビューとなりました。

竹内まりやは今月4日発売した自身の40周年記念アルバム「Turntable」でも「ファースト・デイト」「憧れ」「恋、はじめまして」の3曲をセルフカバーしています。有希子さんに提供した曲への思い入れは今でも強いものがあるのです。

竹内まりやにとって、岡田有希子は今も自らの作品を輝かせる存在だそうです。今回、制作側もその楽曲のすばらしさを残そうと、アルバム発売に至りました。

「まぶしいティーンエージャーのまま姿を消してしまった彼女は、まさに『永遠のアイドル』となり、あの頃と変わらぬ歌声で青春のときめきとせつなさを私たちに与え続けています」

と岡田有希子さんに思いを寄せたのです。

自殺の真相は??

岡田有希子の略歴
1967年(昭42)8月22日、愛知県生まれ。83年オーディション番組「スター誕生!」でチャンピオンになり、84年デビュー。グリコのCMやドラマ「禁じられたマリコ」主演などで活躍。愛称ゆっこ。

アイドルの岡田有希子さんが亡くなってから30年。命日の4月8日、亡くなった現場には今年も多くのファンが集い、黙祷を捧げています。

岡田さんが投身自殺した所属事務所サンミュージックがあった東京・新宿区のビル前には、毎年その命日になると多くのファンが在りし日の岡田さんの写真を飾り、花束を捧げて黙祷する光景が見られるのです。

衝撃的な事件でした。

自殺の理由についてはいろいろなことが取りざたされました。一番はベテラン俳優との恋の破局だったのですが、それも真相は闇の中です。

岡田有希子さんの母親は、「睡眠時間は3、4時間。ドラマがあれば徹夜になるし、こんな生活とてもやっていけないと家族中が思っていた」「過労により心身のバランスを崩していった」と主張しています。

いっぽうの当時の事務所の社長は「失恋からくる傷心自殺」と主張していたのです。過密スケジュールを組ませた事務所に批判が来るのを避ける狙いがあったとされています。

なによりも、飛び降り直後の遺体が写真週刊誌などに掲載されたのも衝撃的でしたね。

ネットの反応

「本当に可愛い子だった。かつ聡明で今だに理想の女性像として自分の中にはある。オリコン1位を初めて取り、まさにこれからアイドルのトップに向かう矢先の出来事だっただけに沈痛さは大きかった。」

「芸能界の闇が垣間見れた事件だった。華やかで憧れの世界でしかなかった芸能界だったが、この事件により事務所との関係や人間関係など、複雑な部分が世に知れ渡ったと思う。今に考えればパワハラ、セクハラ全てのハラスメント
が普通に容認されていた時代だった」

「岡田有希子さんに対する竹内まりやさんの気持ちがすごく伝わってきて嬉しい。
竹内まりやさんの曲を聴くといつも思うのは、女心の言葉選びがすごく上手なところです。30代後半になりやっと竹内まりやさんの曲の素晴らしさを実感しました。」

純真なアイドルでした。時を経てもこのように復活してくれるのはとてもうれしいですね。

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