イタリア北東部に広がる世界遺産ドロミテの岩山の峰は、太古の昔、深い海の底に沈んでいました。
今から数億年前、この地には「テティス海」と呼ばれる温かな海が広がり、そこには豊かなサンゴ礁が形成されていました。
そのサンゴや海洋生物の死骸が幾層にも重なり、石灰岩の層(苦灰岩)として堆積していったのです。
やがて地球の激しい地殻変動によってこの層が隆起し、さらに氷河による壮大な浸食を経て、現在の3,000メートル級の鋭い山々ができあがりました。
ドロミテの谷間に位置するコルティナ・ダンペッツォを旅した人は、その青く澄み渡った空と峻厳な山岳に抱かれる感覚を、「まるで静かな海の底を歩いているようであった」と表現します。
この地球の記憶が刻まれた神秘的な舞台で、今、ミラノ・コルティナ冬季五輪が開幕しました。
本大会は、開催費用の肥大化や環境負荷といった現代の五輪が抱える大きな課題に対し、「持続可能性」という観点から一つの答えを提示しようとしています。
自然を削り、新しい施設を乱立させるのではなく、古い施設を活用し、大自然と人間が共生する道を選ぶ。
悠久の時に洗われたこの地で、選手たちの躍動が始まっています。
目次
世界遺産ドロミテの成り立ちと「海の底」の記憶
イタリアの至宝と称されるドロミテ(ドロミーティ)は、2009年にユネスコ世界自然遺産に登録されました。
その最大の特徴は、この山々が「かつて生命のゆりかごであった海」から生まれたという事実にあります。
サンゴ礁が山へと変わる奇跡
約2億5000万年前、この地域は熱帯の浅い海の中にありました。
そこには巨大なサンゴ礁が広がり、無数の海洋生物が命を繋いでいました。
それらの遺骸が長い年月をかけて厚い堆積層となり、地殻変動によってアフリカプレートが欧州プレートを押し上げる際の大規模な隆起運動により、一気に地上へと姿を現しました。
この岩石は「苦灰岩(ドロマイト)」と呼ばれ、ドロミテという地名の由来にもなっています。
隆起した巨大な岩塊は、その後の氷河期に削られ、現在のような垂直に切り立った絶壁や、針のように鋭い峰々へと形を変えました。
コルティナ・ダンペッツォを訪れた人が「静かな海の底を歩くようでもあった」と感じるのは、この土地が持つ本質的な記憶に触れた正しい直感と言えるでしょう。
悠久の時が放つ神秘の色彩
ドロミテの岩山が最も美しく輝くのは、夕暮れ時です。
石灰質の岩肌が太陽の光を反射し、白からピンク、鮮やかな赤、そして深い紫へと色合いを変えていく現象は、現地で「エンロスアドゥーラ」と呼ばれます。
かつて海底で光を受けていたサンゴの記憶が、高嶺となって再び燃え上がるこの圧倒的な自然の営み。
それは、一瞬の躍動に命を懸けるアスリートたちの挑戦を包み込み、持続可能な未来への希望を照らし出しています。
その光景は、単なる美しい景色という枠を超え、見る者の魂を揺さぶる力を持っています。
この色の変化は、岩に含まれる成分と光の屈折が織りなす科学的な現象でありながら、まるで山自体が呼吸し、意志を持って輝いているかのような錯覚さえ抱かせます。
五輪の舞台としてこの地が選ばれたのは、その競技環境の素晴らしさはもちろんのこと、この圧倒的な自然の威厳が、人間の限界に挑むアスリートたちの精神性と共鳴するからに他なりません。
1956年から現代へ、猪谷千春氏と五輪の軌跡
コルティナ・ダンペッツォでの五輪開催は、1956年以来、実に70年ぶりの歴史的な回帰となります。
日本にとっても、この地はウィンタースポーツの聖地としての重みを持ち続けています。
日本人初のメダリスト、猪谷千春の快挙
1956年の第7回コルティナ冬季五輪において、日本スキー界の先駆者・猪谷千春氏が回転種目で銀メダルを獲得しました。
これは夏季・冬季を通じて、日本人が五輪のウィンタースポーツで初めて獲得したメダルという不滅の快挙であり、戦後日本のスポーツ界に大きな誇りと勇気を与えました。
猪谷氏は今大会を前に、「大自然の中で行われる五輪は、人間との共生というテーマにつながる」と語っています。
自然を征服するのではなく、その偉大さを認め、調和しながら自己を磨き上げる精神。
その哲学は、環境問題が人類の最優先課題となった現代において、より一層の輝きを放っています。
猪谷氏が滑り降りた当時、スキー用具やコース整備は現代とは比較にならないほど質素なものでしたが、その情熱は現代の選手たちへと脈々と受け継がれています。
持続可能性を体現する「負の遺産」なき大会運営
今回のミラノ・コルティナ五輪が世界に提示するのは、徹底した「持続可能性(サステナビリティ)」のモデルです。
既存施設の活用率は90%を超え、1956年大会で使用された歴史的なスケート場なども、現代の基準に合わせて再生・利用されています。
五輪のために山を切り開き、後に使われない巨大建築を残す時代は終わりました。
大自然を傷つけることなく会場を整えるこの配慮こそが、数億年の時を経て形成されたドロミテの岩山に対する、現代人の最大の敬意なのです。
環境保護と経済性の両立は、これからの国際的なメガイベントのあり方を占う試金石となります。
地域住民にとっても、大会後も愛され続ける施設として再生されることは、コミュニティの持続可能性を高める大きなメリットとなります。
ドロミテのサンゴが悠久の時を経て今の姿があるように、人間が作る文化もまた、使い捨てではなく、時代に合わせて磨き直していくべきであることを、この大会は教えてくれています。
雪国の現実と日本の持続可能性への願い
イタリア・ドロミテの美しい雪景色が世界を魅了する一方で、私たちの住む日本国内に目を向ければ、自然の猛威という過酷な現実が横たわっています。
特に日本海側を中心とした深刻な大雪は、地域の「持続可能性」を根底から揺さぶる切実な課題です。
自然の重圧と命を守る闘い
ドロミテの雪が競技や観光の恵みであるならば、日本の豪雪地帯に降る雪は、時として生活を圧迫する物理的な「重し」となります。
湿り気を帯び、重量を増した雪が屋根に降り積もれば、一軒の家には数トンもの負荷がかかり、倒壊の危険を招きます。
屋根からの落雪事故や除雪中の事故による犠牲者が後を絶たない現実は、自然との「共生」がいかに厳しい闘いであるかを物語っています。
イタリアで語られる環境共生の理念は、日本の雪国においては「いかにして社会を維持し、次世代へ繋ぐか」という、生存に直結する持続可能性の問題として迫ってきます。
過疎化が進む地域での除雪体制の維持は、もはや自治体だけの問題ではなく、国全体の課題として議論されるべき時期に来ています。
大自然を愛でる余裕は、その自然の驚異から守られた安全な生活基盤があってこそ成り立つものです。
未来を託す「一票」の重み
現在、日本では社会の方向性を決める重要な国政選挙や地方選挙の時期と重なり、未来の持続可能性を問う局面を迎えています。
雪害で足元の悪い中、投票所へ向かう方々の無事を祈るとともに、その投じられた「一票」が、豊かな自然と平和な生活を守る力となることを願わずにはいられません。
ドロミテの山々が悠久の時を越えて存在し続けるように、私たちの社会もまた、困難を乗り越えて新しい形へと進化していかなければなりません。
色彩を変えるサンゴの岩山に沈む夕日が、明日への確かな希望であることを信じたいものです。
一票に託された重みは、雪の重みよりもはるかに未来を支える力強いものとなるはずです。
私たちは、自然の厳しさを知るからこそ、より良い社会を築くための英知を結集しなければなりません。
最後に
イタリア・ドロミテの岩山が私たちに教えてくれるのは、移ろいゆく時間の尊さと、守るべき世界の美しさです。
かつて海の底にあったサンゴが標高3,000メートルの高嶺となり、今もなお夕陽を受けて神秘的な色彩で世界を照らしています。
ミラノ・コルティナ五輪が提示する持続可能な開催は、この偉大な地球の営みに対して、私たちが誠実であるための約束です。
1956年に猪谷千春氏が雪を蹴って道を切り拓いたように、私たちも今、自分たちの手で未来を選び、確かなバトンを次世代へ繋いでいく義務があります。
悠久の時に洗われた絶景に心を震わせながら、より良い未来のために、私たちは歩みを止めてはならないのです。
大自然は、私たちがどのような選択をするのか、その峰々を染める色彩をもって静かに問いかけているのかもしれません。
選手の躍動に勇気をもらい、ドロミテの悠久の時に癒やされながら、私たちは持続可能な未来への一歩を共に踏み出していきましょう。

