
米国の名門大学には、卒業式という人生の大きな節目において、各界の著名人を招き、卒業生へ向けた祝辞(コメンスメント・スピーチ)を贈るという輝かしい伝統があります。
この慣例は単なる儀式的な挨拶に留まらず、登壇者が自身の成功体験や挫折から得た「人生の真理」を若者たちに伝承する貴重な場として、世界中から注目を集めてきました。
かつて、世界を牽引するIT界の巨人たちが語った言葉は、無限の可能性を秘めた若者たちにとって、未来を照らす希望の光そのものでした。
しかし、それから10有余年が経過した現在、私たちが直面している世界は、当時の彼らが描いた青写真とは大きく異なる様相を呈しています。
本記事では、ジェフ・ベゾス氏やイーロン・マスク氏といった成功者たちが遺した言葉を振り返りつつ、激変する現代社会において、いま改めて心に留めるべき「真の強さ」とは何かを考察していきます。

目次
名門大学を揺さぶった成功者たちの金言とIT礼賛の時代
2010年、アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス氏は、母校であるプリンストン大学の教壇に立ちました。
そこで彼が紹介したのは、自身の幼少期に祖父から投げかけられた、非常に示唆に富む言葉でした。
「いつか分かるだろう。賢いことより、優しくなることの方が難しい」。
この言葉は、天賦の才である「知能」をどう使うかという選択、すなわち「人格」の重要性を説いたものとして、多くの人々の心に深く刻まれました。
知的な能力はギフト(贈り物)ですが、他者に対して誠実で優しくあることは、個人の意思による「選択」の結果であり、それこそが最も困難で価値のあることだという教えです。
その2年後の2012年には、スペースXやテスラのCEOとして知られるイーロン・マスク氏がカリフォルニア工科大学で講演を行いました。
マスク氏は、SF作家アーサー・C・クラークの言葉を引用しながら、「高度に発達したテクノロジーは魔法と区別がつかない」と語りかけました。
彼はさらに、目の前にいる若き科学者やエンジニアたちに対し、「君たちが21世紀の魔術師だ」と鼓舞したのです。
当時は、スマートフォンが普及し、ソーシャルメディアが人々の繋がりを劇的に変え始めた、まさにテクノロジーが世界を救うと信じられていた牧歌的な時代でした。
これら成功者たちの言葉は、新しい時代の幕開けを象徴するファンファーレのように響き渡りました。
変容する成功者のイメージと色あせる言葉
しかし、あれから10年以上の歳月が流れ、私たちが目にする光景は、輝かしいテクノロジーの進化だけではありませんでした。
インターネットは分断を加速させ、SNSは格差を可視化し、アルゴリズムは人々の憎悪を増幅させる道具としても機能するようになりました。
かつて「魔術師」と称えられたIT企業のリーダーたちは、今やプライバシーの侵害や市場の独占、さらには政治的な対立の当事者として批判の矢面に立たされることも少なくありません。
暴力、格差、社会的な分断。私たちが直面しているこれらの深刻な課題に対し、当時の純粋な技術礼賛は、いささか無邪気すぎたのではないかという冷ややかな視線も存在します。
かつての金言が今、どこか色あせて聞こえるのは、私たちが「魔法」の裏側にある副作用や、成功者たちが抱える矛盾を目の当たりにしてきたからに他なりません。
フェデラーが問いかけた「54%の真実」と失点の乗り越え方
テクノロジーや経済的な成功とは異なる地平から、現代を生きる私たちに重要な指針を示してくれた人物がいます。
テニス界のレジェンド、ロジャー・フェデラー氏です。
一昨年、彼はある大学の卒業式において、非常に興味深いデータを提示しました。
彼は現役時代、1526試合という膨大な数の試合をこなし、その勝率は実に8割を超えています。
テニスという競技において圧倒的な支配者であった彼ですが、では「全ポイントのうち、何%を奪ったか?」と問いかけました。
多くの卒業生は、勝率と同じように圧倒的な数字を想像したことでしょう。
しかし、フェデラー氏が明かした答えは、わずか「54%」でした。
つまり、史上最強の一人と称される名選手であっても、ポイントの半分近くは失っているという事実です。
このエピソードには、私たちが人生や仕事に向き合う上で欠かせない、極めて本質的な教訓が含まれています。
頂点に立つ理由は、すべてのポイントを完璧に取るからではないのです。
それは、避けられない「失点」をどのように受け入れ、乗り越えるかを学んできたからに他なりません。
1点に拘泥せず、前へ進む勇気
フェデラー氏が伝えたかったのは、失敗をゼロにすることの不可能性と、それに対する態度の重要性です。
1ポイントを落としたとしても、そのことに拘泥して心を乱せば、次のポイントも落とすことになります。
テニスの試合も人生も、過ぎ去ったミスを悔やむのではなく、即座に気持ちを切り替えて次のチャンスに備える力が求められます。
彼は「パーフェクトである必要はない。ただ、一歩ずつ前へ進み続けることができれば、最終的な勝利を手にすることができる」というメッセージを贈りました。
この考え方は、成功への最短距離ばかりが重視される現代社会において、泥臭くも力強い「レジリエンス(回復力)」の重要性を再認識させてくれます。
華やかな魔術師の言葉よりも、数え切れないほどの失敗を乗り越えてきたアスリートの言葉の方が、今の私たちの胸には深く響くのかもしれません。
卒業シーズンに寄せる、戦い続けるすべての人への教え
間もなく、今年もまた多くの若者たちが学び舎を去り、社会という荒波へと漕ぎ出していく卒業シーズンがやってきます。
私たちが生きるこの時代は、かつてないほど複雑で、正解のない問いに満ち溢れています。
社会に出れば、そこにはあらゆる形の「戦い」が待ち受けていることでしょう。
それはキャリアにおける競争だけでなく、自己の信念を守る戦い、分断された社会で対話を続ける戦い、そして何より、自分自身の弱さと向き合う戦いです。
そのような困難な状況において、ベゾス氏が語った「優しさという選択」や、フェデラー氏が示した「失点を乗り越える力」は、単なる昔の金言を超えた実用的な知恵となります。
完璧を目指して挫折するのではなく、54%の得点率でも最後には勝利を掴み取るという「1点の教え」は、これから厳しい現実に立ち向かう若者たちの背中を静かに、しかし力強く押し続けるはずです。
どれほど世界が変貌しようとも、人間としての徳を高める努力と、失敗を糧に立ち上がる不屈の精神の価値が揺らぐことはありません。
かつての成功者たちが語った魔法が消えかかっている今こそ、私たちは自らの足で歩み、自分なりの「優しさ」と「強さ」を定義していく必要があるのです。
まとめ
米国の名門大学で語られてきた卒業式のスピーチは、その時代の空気感を色濃く反映してきました。
10年以上前の「テクノロジーが世界を魔法に変える」という夢は、現実の厳しさによって形を変えましたが、そこで語られた本質的な教訓が失われたわけではありません。
むしろ、暴力や分断が渦巻く現代だからこそ、フェデラー氏が説いた「失点に拘泥せず前を向く姿勢」や、ベゾス氏が重んじた「優しさ」の価値が再認識されています。
成功とは、すべてを完璧にこなすことではなく、半分近い失敗を受け入れながらも、決して歩みを止めない過程そのものを指すのでしょう。
これから新しい門出を迎えるすべての人にとって、これらの「1点の教え」が、荒波を乗り越えるための羅針盤となることを願ってやみません。
戦いはあらゆる場にありますが、学び続ける心と折れない心があれば、私たちは何度でも立ち上がることができるのです。

