
群馬県みどり市にある岩宿遺跡は、戦後まもなく一人のアマチュア考古学者が赤土の中から石器を発見し、日本に旧石器時代があったことを世界に示した場所として知られています。
その発見者・相沢忠洋さんが著書「岩宿の発見」に記した情熱の源は「人間思慕」——先祖たちの暮らしのぬくもりへの憧れでした。
そんな石器時代が、今まったく異なる文脈で世界のニュースを賑わせています。
2026年4月1日(現地時間)、トランプ米大統領が対イラン演説の中でこう述べたのです。
「今後2〜3週間のうちに、イランを彼らにふさわしい石器時代に戻す」——。
文明を破壊し、未開の地にするという意味で「石器時代」という言葉が使われたこの発言は、歴史と文明への深い無理解を示しているといえます。
イランを含む西アジアは、今から約1万年前に世界でも最も早く農耕が始まった地域です。
相沢さんが石器に感じた「人間のぬくもり」と、トランプ大統領の「石器時代への威嚇」——二つの「石器時代」の間にある、途方もない距離について考えてみます。
目次
行商しながら旧石器を発見した男——相沢忠洋と岩宿遺跡
1946年(昭和21年)のある日、桐生から納豆の行商をして歩いていた相沢忠洋さんは、群馬県笠懸村(現・みどり市)の切り通しの道で、赤土の崖面に小さな石片を見つけました。
黒曜石でできた、長さ3センチほどのその石片は、「ガラスのような透明なはだ」をしていたと相沢さんは著書に記しています。
当時、日本列島に旧石器時代はなかった——それが学界の定説でした。
縄文時代より前に人間が住んでいたという証拠はないとされており、関東ローム層(火山灰が堆積した赤土)の中に人類の痕跡があるはずがないとも考えられていたのです。
しかし相沢さんは、行商を続けながら独学で考古学を学び、岩宿での発掘を続けました。
1949年、完全な形をした槍先形尖頭器を発見。
同年9月、明治大学の杉原荘介助教授・芹沢長介らと合同で発掘を実施し、旧石器の存在が立証されます。
この発見は、日本の人類史を一気に数万年さかのぼらせる歴史的事件でした。
「一家団らんのぬくもり」への憧れが情熱の源
相沢さんの半生は、困難の連続でした。
最愛の妹の死、両親の離婚、母との生き別れ、海軍への出征——孤独な少年時代を過ごした相沢さんは、自分がついぞ味わえなかった「家族の団らん」を、石器の中に見出そうとしていたのです。
著書「岩宿の発見」には、石器を手にしながら〈祖先の一家団らんの場で使われたにちがいない〉とぬくもりを感じる場面が描かれています。
相沢忠洋記念館の説明文にも「赤土に賭けた執念は、恵まれなかった一家団欒に対する憬れへの追求であり、それは北関東赤城山麓に展開された太古の日本人の起源への追跡となりました」と記されています。
石器時代の先人たちに「人間」を見た相沢さんの眼差しは、考古学の発見として世界的な意義を持つだけでなく、人間の尊厳への深い敬意そのものでした。
岩宿遺跡はその後、1979年に国の史跡に指定されています。
また岩宿の発見を契機に、北海道から沖縄まで1万ヵ所を超える旧石器時代の遺跡が発見されており、日本の先史研究の出発点となっています。
「石器時代に戻す」——トランプ発言の問題点
2026年2月28日、米国とイスラエルはイランへの軍事攻撃を開始しました。
翌3月1日、イランの国営メディアはハメネイ最高指導者が死亡したと伝えています。
その後も軍事行動が続く中、トランプ大統領は4月1日の国民向け演説でこう語りました。
「今後2〜3週間のうちに、イランを彼らにふさわしい石器時代に戻す」——。
電力インフラを含む社会インフラを徹底的に破壊し、現代文明の恩恵から切り離すという意味での「石器時代」という言葉です。
国連憲章や国際人道法の観点から、民間インフラへの攻撃は国際法違反の可能性が高いとする見方もあります。
しかしそれ以上に、「石器時代」という言葉を「未開・野蛮な状態」の象徴として使うことには、根本的な問題があります。
石器時代は「未開」ではなく「人類の知恵の時代」
石器時代の人々は、厳しい自然の中を知恵と工夫で生き抜いていました。
岩宿遺跡から出土した石器は、約3万5000年前から2万5000年前のものです。
黒曜石を精巧に加工した槍先形尖頭器は、高度な技術の産物です。
石器時代の人々は、集団で狩猟を行い、道具を作り、火を使い、家族と共に暮らしていました。
「石器時代に戻す」という言葉は、そうした先人たちの営みを「低劣なもの」として蔑む表現です。
大国の指導者の言葉としては、歴史と人間への敬意を欠くといわざるを得ません。
イランは世界最古の農耕地帯——石器時代を超えた1万年の文明史
イランがどのような歴史を持つ地かを知れば、「石器時代に戻す」という言葉の軽さが際立ちます。
考古植物学の研究によると、イラン西部を含む北イラク・イラン西部の山岳地帯(ザグロス山脈周辺)では、紀元前9000〜1万年ごろに世界でも最も早い時期に小麦や大麦の栽培が行われていたことがわかっています。
日本経済新聞の2013年の報道では、ドイツの研究チームがイランで1万2000〜9800年前の新石器時代の農耕遺跡を発見し、「農耕が1カ所から広がったのでなく、同時に複数の地域で発達したことを示す証拠だ」と科学誌サイエンスに発表したことが紹介されています。
また山川世界史でも「地中海東岸から北イラク・イラン西部にかけての地域には、野生の麦類や家畜に適した野生動物が存在し、前9000年頃から他に先がけて麦の栽培と家畜の飼育を始めた」と記述されています。
ペルシャ文明が人類史に残したもの
その後、イランはアケメネス朝ペルシャ(紀元前6世紀)の時代に中東・中央アジアにわたる大帝国を築き、世界史に深く刻まれた文明圏を形成しました。
数学、天文学、建築、詩文学など、イラン・ペルシャ文明が人類の知的遺産に与えた影響は計り知れません。
「石器時代に戻す」という威嚇は、こうした1万年以上にわたる文明の蓄積を「消去できるもの」として扱う言葉です。
厳しい自然の中を知恵と工夫で生き抜いた石器時代の先人への敬意も欠くといわざるを得ません。
石器に感じたぬくもり——相沢さんが残した問いかけ
相沢忠洋さんが手にした石器は、数万年前の先人が残した「ぬくもり」の証でした。
行商をしながら独学で考古学を学んだ相沢さんは、石器の中に「家族のぬくもり」を感じ、その想いが世紀の発見へとつながりました。
石器時代の人々は、未開でも野蛮でもなく、知恵を尽くして生きた存在です。
トランプ大統領の「石器時代に戻す」という言葉は、そうした人類の先人たちへの侮辱でもあります。
文明を「破壊」することは「時代を戻す」ことではなく、現在を生きる人々の命と暮らしを奪うことです。
相沢さんが石器に感じたぬくもりを思うとき、戦争と威嚇の言葉がいかに人間の本質から遠いものかが改めて浮かび上がります。
岩宿遺跡は今も群馬県みどり市に静かに存在し、国の史跡として保護されています。
岩宿博物館では出土石器の展示も行われており、数万年前の先人の「知恵の結晶」を間近で見ることができます。
