
♪ずっとそばにいて…歌詞はもちろん英語だが、こう歌う米音楽『スタンド・バイ・ミー』は日本でも知られている。
よく混同されるのは、同じように友愛を歌う『サイド・バイ・サイド』だろう。
題は直訳すれば、「並んで」もしくは「一緒に」。
1927年に書かれた楽曲で、苦難や悲しみに遭うかもしれないけど、荷物を分け持って一緒に進んでいくんだ――などと歌っている。
フィギュアスケートのペアにも「サイドバイサイド」と呼ばれる重要な技がある。
並んで、一緒に、息を合わせて同じジャンプやスピンを披露する。
二人が完全にシンクロし、氷上で一つの生命体のように動くその瞬間、観客は息を呑み、その美しさに心を奪われる。
苦難や悲しみの乗り越え方も、ぴったり息を合わせたのだろう。
現在開催中のミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪。フィギュアスケート・ペアフリーにおいて、日本の「りくりゅう」こと三浦璃来、木原龍一ペアが、前日のショートプログラム(SP)での失敗からの大逆転で、悲願の金メダルをつかみ取った。
ショートプログラム終了時点での5位という順位。そこからの逆転劇は、まさに彼らが7年間積み上げてきた「信頼」と、互いに支え合う「サイド・バイ・サイド」の精神が起こした奇跡だった。
悔やんで「泣いてばかりいた龍一君」を、璃来さんは「積み重ねてきたものがあるんだから」と励ましつづけたという。
ここでは、日本フィギュアスケート史上初となるペア種目での金メダル獲得という歴史的快挙を成し遂げた二人の激闘、そしてその裏にあった涙と笑顔の物語を、現地の熱狂とともに詳細にレポートする。
目次
絶望からの大逆転劇!世界歴代最高得点で掴んだ栄光
2026年2月17日(現地時間16日)、ミラノのアイススケートアリーナは、信じられないような熱気に包まれていた。
前日のショートプログラムでまさかのリフトミスがあり、首位と6.9点差の5位と出遅れた三浦璃来・木原龍一組。誰もが「金メダルは厳しいかもしれない」と頭をよぎる中、二人はリンクに立った。
ショートプログラム後のミックスゾーンで、木原選手は「自分のミスで...」と唇を噛み、三浦選手も呆然とした表情を見せていた。
しかし、フリー『Gladiator(グラディエーター)』の曲が鳴り響いた瞬間、二人の表情は戦士のそれに変わっていた。
冒頭のトリプルツイストは高く、美しく決まる。
続く3連続ジャンプ、サイドバイサイドのトリプルトウループも見事にシンクロ。
前日ミスが出たリフトも、今回は力強く、そして柔らかに氷上に降り立った。
演技後半、音楽が盛り上がりを見せるとともに、会場のボルテージも最高潮に達する。
最後のスピンを終え、フィニッシュポーズを決めた瞬間、木原選手は氷上に崩れ落ちるように膝をつき、顔を覆った。
それは安堵と、極限のプレッシャーから解放された男泣きだった。
一方の三浦選手は、そんなパートナーの肩を優しく抱き、満面の笑みで何かを語りかけている。
得点は、フリーで世界歴代最高となる158.13点。合計231.24点を叩き出した。
上位のペアがプレッシャーからかミスを重ねる中、圧倒的な演技を見せた日本ペアが、一気に頂点へと駆け上がったのだ。
この金メダルは、日本のフィギュアスケート界にとって、まさに悲願中の悲願だった。
シングルでは数々のメダリストを輩出してきた日本だが、ペア種目での五輪金メダルは史上初の快挙。「りくりゅう」の名は、永遠に歴史に刻まれることとなった。
「今日は私がお姉さん」涙のパートナーを支えた絆
「りくりゅう」の愛称で親しまれる二人の最大の武器は、技術の高さもさることながら、その「人間味あふれる関係性」にある。
普段は9歳年上の木原選手が三浦選手をリードし、時にはおっちょこちょいな三浦選手を木原選手が優しくフォローするというのが定番の図式だ。
しかし、今回のミラノ五輪では、その立場が完全に逆転していた。
ショートプログラムでのミスに責任を感じ、木原選手は一晩中泣き続けていたという。
「もう終わった」「取り返しがつかない」と絶望する木原選手。
そんな彼を救ったのは、他ならぬ三浦選手だった。
試合後のインタビューで三浦選手はこう語っている。
「龍一君が朝からずっと泣いていて。いつもは龍一君が引っ張ってくれるんですけど、今回は『私がやるしかない、私がお姉さんになろう』と思って支えていました」
「今日はマジで泣いてばっかじゃん」
金メダルが決まり、再び涙を流す木原選手の肩を叩きながら、三浦選手は茶目っ気たっぷりにそう声をかけた。
その言葉には、パートナーへの深い愛情と信頼、そして「二人でなら乗り越えられる」という確信が込められていたはずだ。
木原選手もまた、感謝の言葉を口にする。
「4年前の北京五輪では僕が引っ張る立場だったけど、今回は本当にずっと助けてもらってばかりでした。璃来ちゃんがいなかったら、この金メダルはなかった。彼女の『まだ終わってないよ』という言葉が、僕を再び氷の上に立たせてくれました」
苦難や悲しみの乗り越え方も、ぴったり息を合わせたのだろう。
二人の関係性は、単なるアスリートのパートナーシップを超え、まさに『サイド・バイ・サイド』の歌詞にあるように、重荷を分け合い、互いの不足を補い合う、究極の信頼関係に到達していたのだ。

7年の旅路と「出会いの神様」の導き
ふたりはともに腰を落として滑るタイプで、足さばきがもともと似ていたという。
しかし、二人がペアを組んでからの7年間は、決して順風満帆な道のりではなかった。
木原選手はかつて、肩の怪我や脳震盪に悩まされ、引退寸前まで追い込まれていた時期がある。
一方の三浦選手も、パートナー解消などを経験し、新たな道を模索していた。
そんな二人が2019年に出会ったのは、まさに「運命」としか言いようがない。
トライアウトで初めて手を繋いで滑った瞬間、木原選手は「雷に打たれたような感覚」を覚えたという。
互いの滑りの相性、言葉を交わさなくても通じ合う感覚。それは、長いペア競技の歴史の中でも稀有な「魔法の相性」だった。
ペアを組んで7年、その旅には互いのケガや不調もまとわりつきながら、出会いの神様がそっと手を貸していたのかもしれない。
2023年の世界選手権でのグランドスラム達成、そして怪我による欠場を乗り越えての2026年ミラノ五輪での金メダル。
「サイド・バイ・サイド」のジャンプも、スピンも、リフトも。一つ一つの技の完成度は、二人が氷の上で流した汗と涙の量に比例している。
特に、二人の代名詞とも言える「満面の笑顔での滑走」は、技術点(TES)や演技構成点(PCS)といった数字以上に、見る者の心に強く訴えかける力を持っていた。
1927年の楽曲『サイド・バイ・サイド』が歌う「苦難や悲しみに遭うかもしれないけど、荷物を分け持って一緒に進んでいくんだ」というメッセージは、まさに現代のりくりゅうペアのためにあるような言葉だ。彼らは氷の上で、その歌詞を体現し続けてきたのだ。

世界中が祝福した「りくりゅう」の物語
ショートプログラム5位からの大逆転金メダル。このドラマチックな展開は、日本のみならず世界中のフィギュアスケートファンを感動させた。
海外の解説者も「Pure Magic(純粋な魔法だ)」「魂の滑り」と絶賛し、スタンディングオベーションは鳴り止まなかった。
表彰台の真ん中で、金メダルを首にかけた二人は、互いに見つめ合い、少し照れくさそうに笑った。その姿は、歌にある『サイド・バイ・サイド』そのものだった。
「並んで、一緒に」。
これからも二人は、氷の上で、そして人生という旅路において、互いに支え合いながら歩んでいくことだろう。
三浦璃来選手、木原龍一選手、金メダル獲得、本当におめでとう。
この歴史的瞬間を目撃できた私たちは、彼らが教えてくれた「信じ合う力」を、きっと忘れないはずだ。
