今だから学びたいヘミングウェイの名文

ノーベル文学賞作家アーネスト・ヘミングウェイの作品が、形容詞や副詞の少ないシンプルな文体にもかかわらず、豊かな情感を呼び覚まします。

その理由は、英文法上の工夫があるからだというのです。

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ヘミングウェイの文体に着目

ヘミングウェイの文体に着目した英文法の学習書が、シリーズ第1弾・第2弾を合わせて7万部を超すヒットになりました。

著者は英語学・英語文体論の専門家・倉林氏と米文学の専門家・河田氏。

版元も語学学習書に定評のある出版社です。

「工夫したのはレイアウトです。通常は解説や和訳を英文と同じ見開きに掲載しますが、そうすると情報量が少なくなってしまう。この本ではまず和訳、次に英文を掲載し、そのあとに著者たちが好きなだけ解説をする方式にしました。そんなこともあり、300ページ以上ある厚めの本ですが、掲載されている英文(原文)は初学者でも読み切れる分量です。およそ40ページ分くらいでしょうか」(担当編集者の森田修さん)

定番を避けた少々マニアックな収録作のセレクトが、世間に潜むヘミングウェイ好きの琴線に触れたのもヒットの要因。

とはいえ、主眼はあくまで英文法。

「特にうれしかった反響は、『大学時代の楽しかった文学講読の授業を思い出した』という、90歳の女性からのものでした。こうした文学や文法を学ぶことの楽しさを伝えるのが、正しい英語教育ではないでしょうか」(森田さん)

「英語学習参考書」では異例のヒット

なぜこんなに受けているのでしょうか。

まずは、学校の英語科目が文法や読解法よりコミュニケーション、「話して通じるスキル」に重きを置いて数十年、その皺寄せと反動が起きていること。

ご存じでしょうか…学校で英文法をあまり教わらないので、いまの高校・大学生の多くは構文が理解できず、昔より英文が正確に読めなくなっているのです。

そのようななかで、充実した英文法学習を求める人たち、より高度な読解力を望む人たち、学校卒業後も英語力のメンテナンスに励む人たちが、本書を競って手にしている感があります。

ヘミングウェイを教材に選んだのも、圧倒的勝因ではないでしょうか。

英語初中級者でもなんとか一気に読める分量で、語彙や構文はわりあい平易なのですが、実は読み解くほどに、重層的な解釈や味わいが浮かびあがってくるのです。

ヘミングウェイで学ぶ英文法
倉林秀男 河田英介
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翻訳者泣かせらしい

英語学習ではもっとも基礎的な単語である接続詞のand。

意味を知らない人はいないでしょう。

ところが、「白い象の群れのような山なみ」という篇からこんな一文が引かれ、それぞれの and をどう訳すでしょうか。

改めて問われると、はっとする人も少なくないようです。

『And we could have all this. And we could have everything and every day we make it more impossible.』

翻訳者の立場から言わせてもらうと、文頭にくる And ほど油断のならない、翻訳に気を使う接続詞はないといいます。

あるいは「雨の中の猫」という篇では、a と the という冠詞の違いに注目して、ヒロインの心象をあぶりだしています。

ところで、原題は 『Cat in the Rain』 だが、なぜ頭に A も The も付いていないのでしょう。

本書は英文法書なのですが、六篇の原文が丸ごと収録され、読者は原文にくわえ、河田氏のつけた和訳および作品解説、倉林に氏よる文法解説と「解釈のポイント」を読んでいくことになります。

これによって、自然と六つの名篇を英語と日本語で鑑賞することになるのです。

今世紀に入って、そのマッチョイメージと、一部の著名人が評価を下げたことで、若干“ヘミングウェイ離れ”のような流れがありました。

しかし、いままた揺り戻しが起きているのです。

このような良質の読み解き本が出たことで、いっそう再評価が進むことでしょう。

文法の指南書とは、いかに文学を読むかという手ほどきに他ならないのです。

ヘミングウェイで学ぶ英文法 2
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