酒場で地震が来たら?飲酒時に知っておきたい防災術

転勤、異動、卒業……人生の節目を祝う宴が、全国のあちこちで催されています。

グラスが何度も重なり、笑い声が絶えない居酒屋の一夜は、日本人にとって大切な文化のひとつといえるでしょう。

ただ、ふとした瞬間に思い出す光景があります。

1995年1月17日の午前5時46分、阪神・淡路大震災が発生しました。 その直後の神戸市中心街では、酒場の入るビルが大きく前傾し、テーブルや椅子が窓ガラスを破って道路に落下していたといいます。

もし客のいる時間帯に起きていたら——そう想像するだけで背筋が冷えます。

お酒の席が増えるこの季節だからこそ、「飲んでいるときの防災」について真剣に考えてみたいと思います。

実はいま、クラフトビールメーカーがその問題に正面から向き合う、ユニークなプロジェクトが動き出しているのです。

二つの震災が刻んだ時刻——午前5時46分と午後2時46分

日本の戦後史に深く刻まれた二つの大震災には、忘れられない時刻があります。

阪神・淡路大震災は1995年1月17日の午前5時46分に発生し、死者は6,434人、住宅の全壊は約10万棟以上に及ぶ甚大な被害をもたらしました。

多くの市民がまだ眠っている早朝の静寂を、マグニチュード7.3の激震が一瞬で破ったのです。

それから16年後、東日本大震災は2011年3月11日の午後2時46分に発生しました。 東北地方を中心に12都道府県で2万2,332名の死者・行方不明者が出て、明治時代以降の日本の地震被害としては関東大震災に次ぐ規模となっています。

午前5時46分——まだ多くの人が布団の中にいる時間帯。

午後2時46分——平日の昼下がり、多くの人が職場や学校で活動している時間帯。

そして次はいつ、どんな時間帯に来るのか、誰にもわかりません。

宴たけなわの時間に来たら?

もし次の大震災が、金曜の夜8時や送別会のまっただ中に起きたとしたら——。

お酒を飲んでいる状態では、判断力や反射神経が平時と比べて低下しています。

グラスや瓶が飛び交う危険な環境の中で、酔った状態で適切に行動できる人が果たしてどれだけいるでしょうか。

阪神大震災のような未明の地震でさえ甚大な被害が出ました。

酒席のにぎわいの中で揺れに見舞われたとき、私たちはどう動けばよいのか。

その答えを真剣に考え始めた企業が現れました。

「よなよなエール」が仕掛ける、酒場防災プロジェクト

「よなよなエール」などのクラフトビールで知られる株式会社ヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)が、異色のプロジェクトを始動させました。

その名は「お酒好きのための防災プロジェクト」。飲酒しているときの防災に焦点を当てた、飲酒者向け防災啓発プロジェクトです。

このプロジェクトは、一人のスタッフの素朴な気づきから生まれたといいます。

クラフトビールを楽しんでいる時に災害が起きたら、飲酒しているからこそ気をつけるべきポイントがあるのではないか——その問いが出発点でした。

宴会や飲み会イベントを長年企画・提供してきたヤッホーブルーイングだからこそ、酒場特有のリスクをリアルに想像できたのかもしれません。

酒場向け地震防災ガイドラインの策定

プロジェクト第一弾のテーマは「酒場における安全確保の声かけ」。 居酒屋やバーなど、お酒を提供する飲食店での避難誘導や安全確保に特化した内容です。

備え・防災アドバイザー/BCP策定アドバイザーの高荷智也氏と北海道文教大学教授へのヒアリングおよび自社調査をもとに「酒場のための地震防災ガイドライン」を策定しました。 ウェブ上に公開し、2,432通りの中から自店舗に合わせたガイドラインを作成できる仕組みを整えています。

単なる一般論ではなく、自分の店舗の立地、耐震性、設備、外国人客の有無などをウェブ上で入力すると、その店に最適化されたオリジナルのガイドラインが自動生成される仕組みです。

防災を「自分ごと」として捉えてもらうための、実践的な仕掛けといえるでしょう。

飲食店の防災マニュアルが用意されている店舗が全体の25%に留まるという実態を踏まえると、こうした取り組みの意義は大きいといえます。

騒がしい酒場でも声を届ける——防災用電子メガホン「キコエール」

このプロジェクトが注目を集めているのは、ガイドライン策定にとどまらないからです。

酒場特有の課題である「声が届かない」という問題に、テクノロジーで挑んだのです。

ヤッホーブルーイングが開発した防災用電子メガホン「キコエール」は、発声した声を高い周波数帯に変換する仕組みを持っています。 酒場のような騒がしい環境でも声が届きやすく、店員が避難誘導など安全確保の声かけに活用できます。

居酒屋では、目の前の友人の声すら聞こえにくくなることがあるもの。

そんな騒音環境の中で、スタッフが避難を呼びかけても声が届かないのでは意味がありません。

「キコエール」は、日本音響研究所・ノボル電機・quantumと共同で開発されたコンセプトモデルです。 3,500ヘルツ~5,000ヘルツの周波数帯に声を変換することで、騒音の中でも通りやすい高い声を実現しています。

ランタンに見せかけた防災グッズという発想

さらにユニークなのは、そのデザインです。

平時は店内に馴染むランタンのような照明として使えるよう設計されており、店の奥にしまわれがちな防災グッズの難点を解消しています。 明かりの部分はビールグラスをイメージしたデザインで、酒場の雰囲気にも自然に溶け込みます。

非常時にだけ取り出そうとすると、「どこにしまったか分からない」という事態になりかねません。

日常的に目に入る場所に置いておくことで、いざというときにすぐ手が届く——実に合理的な発想といえるでしょう。

「キコエール」は2026年2月5日より飲食店向けに無償貸し出しを開始しました。 販売の予定はなく、実際に体験してもらうことで各店舗の防災意識を底上げしていくことが狙いです。

「飲んでいる自分は大丈夫」という油断を、今すぐ捨てよう

お酒飲みの心理は不思議なものです。

どう見ても強い揺れにひとたまりもなさそうな古いビルの居酒屋で飲んでいても、「自分がいる間は大丈夫」と無意識に思い込んでしまいます。

地震は時間や場所を選ばないもの。

阪神・淡路大震災は早朝、東日本大震災は平日の昼間に発生しました。

「次」がもし深夜の飲み会の時間帯だったとしても、何ら不思議はないといえます。

ヤッホーブルーイングが読売新聞の防災情報サイト「防災ニッポン」でも紹介されたこの取り組みは、酒場の防災という盲点に光を当てた先駆的な試みとして評価されています。

店舗向けのガイドライン策定、電子メガホンの無償貸し出し——個々のメニューに期待するのはもちろん、こうした動きが飲食業界全体に広がり、酒飲みの防災意識を変えていくきっかけになってほしいと思います。

この春、誰かと乾杯する前に少しだけ考えてみてください。

「もしこの席で揺れが来たら、どう動くか」——。

その一瞬の想像が、命を救う準備につながるかもしれません。

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