「とんで、まわって」の精神が繋ぐ昭和と令和。円広志『夢想花』からスノーボード荻原大翔選手へ贈るエール

日常のふとした瞬間に降りてくる「旋律」の奇跡

私たちの日常には、時として理屈を超えた「ひらめき」が舞い降りることがあります。

1970年代後半、一人の青年が大阪の下積み時代に掴み取ったフレーズが、数十年後の現代、雪上の若きアスリートの躍動と重なるとは、誰が想像したでしょうか。

歌手・円広志さんの名曲『夢想花』と、冬季五輪スノーボード男子ビッグエアで輝く荻原大翔選手の不思議なシンクロニシティ。

今回は、この「飛翔」と「回転」という二つのキーワードを軸に、時代を超えて受け継がれる「夢想」の力について深く掘り下げます。

円広志と『夢想花』の誕生秘話

「ばかばかしい」の裏側に隠された、切実なまでの解放感

歌手の円広志さんが、まだ大阪で苦しい下積み時代を過ごしていた頃のエピソードは、表現者を目指すすべての人にとって示唆に富んでいます。

ある日、ふとした瞬間に彼の頭の中に降りてきたのは、あまりにも単純で、あまりにも執拗なフレーズでした。

「とんで とんで とんで とんで……」。

円さん自身、最初はこれを「ばかばかしい」と感じたといいます。

しかし、その軽快な旋律とともに繰り返される言葉は、一度掴んだら離れない強烈な磁力を持っていました。

それは単なるナンセンスな繰り返しではなく、つらい現実から抜け出し、大空へと羽ばたきたいという、若き表現者の魂の叫びだったのかもしれません。

累計90回以上のリフレインがもたらした「着地」
1978年に発表された『夢想花』は、瞬く間に昭和を代表するポップスとなりました。

歌詞を分析すると、「とんで」という言葉は、9回1セットのフレーズが10回ほど繰り返されます。

そして最後には、「まわって まわって まわって まわる」というフレーズを経て「着地」します。

この「執拗なまでの飛翔の願い」と「華麗な回転による着地」という構成は、聴く者にカタルシスを与えました。

当時の日本社会が抱えていた閉塞感を、円さんの突き抜けた明るさと旋律が、一時でも忘れさせてくれたのです。

「世界で一番回る男」荻原大翔選手の挑戦

2026年、雪上に現れた現代の「夢想花」

時は流れ、2026年2月7日。

雪に覆われた冬季五輪の会場で、円広志さんの歌った世界を現実のものにしようとしている若者がいます。

スノーボード男子ビッグエア予選で、20歳の荻原大翔選手が1位通過という素晴らしい成績を収めました。

荻原選手の異名は「世界で一番回る男」。

彼が挑むのは、人間が物理的に到達できる限界の境界線です。

空中に放り出された数秒間のうちに、彼は自らの体を限界まで回転させ、針の穴を通すような正確さで着地を狙います。

未知の「6回転」というフロンティア
五輪という最高の舞台で、荻原選手には「6回転」、あるいは「6回転半」という、人類未踏の領域への成功が期待されています。

これは、円広志さんが歌の中で繰り返した「まわって」のフレーズを、文字通り肉体で体現する行為に他なりません。

円さんの「とんで、まわって」が精神的な解放を象徴していたとするならば、荻原選手のそれは、極限まで磨き上げられた肉体と技術による「現実の飛翔」です。

しかし、その根底にある「誰も見たことのない景色を見たい」という情熱は、昭和も令和も変わることのない、普遍的な人間の美学といえるでしょう。

「練習は裏切らない」という真理と円広志さんの視点

泥臭い努力が「軽やかな飛翔」を生む
荻原選手の活躍を前に「練習は裏切らない」という言葉を添えています。

『夢想花』が降りてきた瞬間の円広志さんも、そして空中での回転を極めた荻原選手も、その一瞬の輝きの背景には、計り知れないほどの泥臭い積み重ねがあったはずです。

実力通りに未知の素晴らしい世界を見せてくれるだろうという期待感。

それは、私たちが困難な時代を生き抜くために必要な「希望」そのものです。

「何や俺の夢想花みたいやんけ」:円広志流の祝福
現在、関西テレビの生活情報番組で司会を務め、お茶の間に笑いを届けている円広志さん。

もし彼が、空中で何度も回転する荻原選手の姿をモニター越しに見たならば、きっとあの親しみやすい口調でこう言うことでしょう。

「何や俺の夢想花みたいやんけ」

この遠慮のない、しかし温かいコメントこそが、時代を超えて表現と挑戦が結びついた瞬間を祝福する最高の言葉になるに違いありません。

私たちは今日も、それぞれの空を飛ぶ
円広志さんの歌、そして荻原大翔選手のジャンプ。

これらに共通するのは、私たちが持つ「重力(=困難な現実)を振り切りたい」という本能的な願いです。

明日の決勝、荻原選手がどのような「着地」を見せてくれるのか。

そして私たちは、その姿にどのような「夢想」を重ねるのか。

昭和から令和へとバトンが渡された「とんで、まわって」の物語は、今まさに最高のクライマックスを迎えようとしています。

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