河井案里は男社会の“おもちゃ”だった…元は裕福な家に生まれたお嬢様

裕福な家に生まれた才媛・河井案里が、男社会の“おもちゃ”になるまで

私は「この人に、なにが足りなかったのか」を探し回った

『おもちゃ』(常井健一著/文藝春秋刊)というひらがなのタイトルを見たとき、浮かんだのは性的なイメージでした。

表紙の顔写真が妙になまめかしい。

写真の顔はテレビで観て知っていました。

河井案里、この本の主人公です。

いったい、この表情は何を意味しているのでしょうか。

ネットでほかの映像を検索して「この人は、わりといつもこういう表情をしているんだ」と気づいたのです。

「ちょっと病んでるかも……」 冒頭から違和感炸裂

あざとく選ばれた表情ではありません。

彼女はこういう人だったようです。

焦点の合わない目を虚空に向け、笑っているのか、泣いているのかよくわからないのです。

恍惚としているようにも見えます。

国会でも、記者会見でも、同じ顔を見せるのです。

いったい、『おもちゃ』というタイトルの意味は?

それが知りたくてページをめくりました。

対話の冒頭から、違和感炸裂でした。

かなり問題を抱えているなあ。

もしかして、彼女はちょっと病んでるかも……。直感でした。

男性作家がこのコケティッシュな女性を取材して、どう人間像を描き切るのか、そこに興味をもって一気に読み進めたのです。

良く言えば純粋、悪く言えば見当識がズレている

案里氏の言葉の選び方、しゃべり方は独特です。

無邪気で、投げやりで、相手との距離感がものすごく近いのです。

これは、取材者を信頼しているからなのか。

それとも、普段からこういう話し方なのか。

時として誘惑しているようにすら見えるのです。

とはいえ、相手を自分のペースに巻き込んで、支配しようという戦略性は見えません。

ちょっと生意気で頭のいい女子高校生、いい年の大人なのにそんな感じなのです。

良く言えば純粋、悪く言えば見当識がズレているのです。

そのズレた感じは、読み進めるほどに強くなりました。

「頭はいいかもしれないが、なにかが欠落している」

彼女は宮崎の裕福な家に生まれ、教養のある両親に厳しくも愛されて育ちました。

地元の有名校から慶応大学に進んだ才媛で、実に恵まれた人生のスタートを切っているのです。

小学生の頃から知事になるのが夢で、政治というものに興味を持っているのですが、それは父親の影響のようです。

文才もあり、美術の才能もあり、しかも容姿も美しい。

ユーモアも正義感もある。

しかし、なにかが足りないのです。

そして本人もたぶん、そう感じていたと思います。

この人に、なにが足りないのか。

結局、本書を読みながら河井案里氏の欠落した何かを本文の中に探し回りました。

うまいこと、著者にはめられたということです。

女性に立ちはだかる壁

なんでこの人、こんなにズレているのか。

正義感が強いわりには買収行為にさほど罪悪感を持っていないし、政治家としてやる気があるのかないのかわからない。

体裁を重んじるかと思えば検察の前で素っ裸になったり、一貫性がないというよりも、必死で虚勢を張り空回りしている感じです。

共感できる部分も多々ありました。

魑魅魍魎が闊歩する政治の世界で目立つからと持ち上げられて、女だからと落とされる感じ。

女はみんなホステスくらいに思っている昭和なオヤジたちの中でもまれてきた経験は女性代議士なら誰でもあるでしょう。

文学界だって男社会です。

表面的には立ててくれるし、本人たちはセクハラの意識などまったくないのですが、女であることで生きづらさを感じることは多々あります。

河井案里という女性が、大学を卒業してからぶつかった男社会の、「一見ないように見せかけて最後に立ちはだかる壁」みたいなものは、男性と肩を並べて仕事をしようと思った女性なら、程度の差こそあれ感じる壁だと思います。

それは学生時代にはよくわからないのです。

社会に出て初めて立ち現れてくるのです。

日本社会で仕事をするためには、「自分は差別などしていませんよ」という男性たちと、なんとか折り合いをつけていかなければいけません。

なぜ自分のことを「おもちゃ」と表現したのか

興味深いのは案里氏が、大学時代に教授から受けたセクハラを、卒業してしばらくしてから告発していることです。

「あれはセクハラだった」と、社会に出てからはっきりと気づいたのでしょう。

それまでは、自分がハラスメントを受けていたという自覚が薄かったのではないでしょうか。

裕福で高学歴の女性は、本人の意思とは関係なく周りからちやほやされて育ちます。

その延長線上でハラスメントに対して鷹揚なところがあるのです。

自分は差別など経験したことがない、という女子学生は多いでしょう。

もちろん一生、それを意識しない人もいるでしょうが、卒業した途端にジェンダーの問題に直面するのです。

政治の世界を、たぶん案里氏は男社会を思い知ったのだと思います。

そこで自分が求められている役割のあまりの矮小さに傷つき、表題の言葉を呟いたのでしょう。

「おもちゃ」と。

この言葉は、氏が元東京高検検事長の黒川氏の発言を題材に、自分を語った言葉であり、聞くところによれば著者も編集者も「責任転嫁の印象はあるにせよ、このタイトル以外は考えられなかった」そうです。

背後に潜むハラスメントの影

読み進むうちに、「主人公が、戦後最大の買収事件に関与した原因があるとすれば、この夫と結婚したことだろう」と思いました。

男性読者ならこういう読み方はしないでしょうが、彼女の結婚生活にたいへん興味と疑問を持ったのです。

夫の河井克行氏の秘書に対するパワハラが凄い…。

だったら妻に対してもしているのではないか、と邪推したくなるのです。

本書には、夫側の言い分は書かれていませんし、案里氏も夫婦生活の問題についてほとんど語っていないのですが、読み進むと違和感しか覚えないのです。

著者にはこの部分をもっと突っ込んで欲しかったと思っています。

もしかしたら案里氏は、政治家の妻として議員の夫を支えつつ、自らも参議院議員に立候補し円満夫婦を演じながら、実際には夫婦間での複雑なハラスメントに苦しんでいたのではないでしょうか。

彼女の立候補は夫によって仕組まれたもので、その背後には当時の自民党総裁の姿が見えます。

現総理が広島出身であることを考えれば、自民党内の勢力争いに才色兼備の妻が利用された、と読めるのです。

彼女に欠けているものは何だったのか

河井克行氏は、常に夫人の案里氏を大切に扱い、なんでも言うことを聞いていたという周りの証言が本書には書かれていますが、実際にはどうだったのでしょうか。

案里氏の両親の証言や、克行氏の実家の描写など、この本に描かれていることから推測するしかないのですが、そういう邪推も読書の楽しみでしょう。

最初の疑問に戻ります。

河井案里氏に欠けているものは何だったのか…。

読む人によってそれぞれに答えは違うでしょう。

感じるのは「ふつうの生活」ではないかと思ったのです。

他者から大切に思われること。

かけがえのない存在として認められること。

議員の妻や議員としてではなく、一人の女性として誰かと関わり愛されたかったのではないでしょうか。

いま、小説を書いていると聞いたが、そのほうがきっと向いていると思うのです。

この対話は彼女にとってかけがえのない友人との時間のように読めました。

案里氏は長期間のインタビューに答えていながら本書の出版に怒っているそうです。

彼女の見当識からすれば「信頼関係を裏切られた」心地なのかもしれません。

自分が何を欲しており、何をしたいのか。

人間の価値観は属する組織でいかようにも変わります。

政治家の妻から離れた時、彼女の目にもう一度、意志と光が宿るのではないでしょうか。

なんとも読後感のせつない作品でした。

おもちゃ 河井案里との対話 常井健一 (著) 文藝春秋 (2022/2/9) 1,980円

すらっと伸びた脚と大きな目、最先端のセクシーなファッションに身を包んで政界に登場したときは、マスコミはこぞって「女性政治家の星」として好意的に取り上げた。

しかし、史上最大級の選挙違反で逮捕されるや、手のひらを返したように、「稀代の悪女」としてここぞとばかりに叩いた。

河井案里。

参院議員として活動したのは二年足らずだったが、世間に大きなインパクトを残した。

彼女はマスコミの寵児となったが、実のところ、彼女のプライベートをよく知る記者はいない。

筆者は、当選直後から逮捕されるまで、インタビューなどの取材だけでなく、ことあるごとに電話やメールでやり取りをしてきた稀少な存在である。

筆者の手元には、膨大な量の録音、メールがある。

あらためてそれらを読み返すと、不思議なことに気が付く。

宮崎で成功した建築家の家に生まれ、慶応大学に進学し、代議士の妻、そして自身も県会議員から参院議員と、これだけ聞くと恵まれすぎた人生のように見えるが、彼女からは、いっこうに幸せそうなようすがうかがえないのだ。

生きづらい女。

筆者は彼女の生まれた宮崎を訪れることからはじめ、その人生をあらためて取材してみた。

すると、そこには、マスコミで見せた鼻っ柱の強い美人政治家とは別の顔が見えてきた。

タイトルの「おもちゃ」は、案里のメールにあった言葉だ。官邸も関与したであろう買収事件だから、きっと検察がもみ消してくれる。

そんな期待は、黒川東京高検検事長のスキャンダルで吹き飛んだ。

「私も黒川さんも、権力闘争のおもちゃにされたんです」

河井案里という一人の女性政治家の人生を通して、現代社会における女性の生きづらさに迫る。

小泉純一郎、中村喜四郎に続く、政治家独白三部作の完結編。

ネットの声

「足りなくても人との関わり、失敗や苦労の経験を積み上げていく中で足りていくんだと思います。いつも夢見る夢子ちゃんの様な浮足だった様子で、政治家ってもっと現実的な世界で生きていかなければならないのに、この人にその覚悟がなかっただけのようなきがしますけど。」

「家族が案里の当選時の映像見て「この人情緒不安定なの?」って言ったのには笑ったw。自分的には、どことなく人間味が無いというかフワフワしてるというかそういう印象の人。」

「肝心なことは何一つ語らずもせずに、被害者ずらはあり得ない。男社会のおもちゃ?だから何?自らも望んでそうなった部分は有るように思える。違うなら、今からでも男社会に一矢報いる意味でも、暴露してみろと思う。自殺未遂を繰り返す行動力が有るのだから、何を恐れるのだろうか?」

 

おすすめの記事