F機関 アジア解放を夢みた特務機関長の手記 藤原岩市 (著) バジリコ (2012/6/29)

大東亜共栄の夢を愚直に信じ、中野学校出身者、ハリマオなど少数の精鋭を率いてマレイ、スマトラの民族解放工作に奔走。

のみならずインド国民軍を創設しインド独立運動の巨魁チャンドラ・ボースを迎えるという驚くべき成果を あげた藤原少佐とF(藤原)機関。

その栄光と挫折の軌跡をF機関長藤原少佐が自ら詳細に綴った貴重な手記。

「素晴らし本です!当時の日本人に学ばされるとこが多く感銘を受けました。沢山の人に読んでもらいたい」

「日本軍の特務機関は、一般にはあまり良い印象を持たれていないですよね。でも、こういう事実が戦争中にあったということ、そして当事者であった、インドの人々、インドシナの人々に日本人が戦後も悪く言われていないことを、納得できる。本来日本の向かう方向は、このようなことではなかったかと気が付かせてくれます。」

「これは、戦後日本で長く隠蔽されてきたアジアの解放の事績を当事者の藤原岩市氏が語った回顧録である。参謀総長から命令を受けた藤原少佐は松陰神社に詣でて決死の任務遂行の覚悟を決める。彼がシンガポールで五万の印度兵捕虜を前に印度国民軍への参加を呼びかけた演説は世界史に残るものだ。インパール作戦は印度軍にとって国土回復の聖戦だった。だから戦闘で負けても殉教だ。印度国民軍によると、もう少し作戦時期が早かったら全印度が反英蜂起したからインパール作戦は成功しただろうという。戦後藤原少佐はチャンギー監獄では英兵から地獄を見せられたが、一年後少佐を尋問した英国特務機関長の対応は見事だ。「貴官を尊敬する。貴方は必ずマレーに帰ってくるだろう」戦後再会した印度国民軍、モハンデシン大尉の藤原少佐の思い出も素晴らしい。日本青年は必読だ。戦争は政治の道具である。日本は武力戦には負けたが思想戦には勝利した。目覚めたアジアは戦後二度と元には戻らなかったからである。大東亜戦争は日本は政治的には勝利したといえる。」


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