ヤンキーと地元 解体屋、風俗経営者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち 打越正行 (著) 筑摩書房 (2024/11/9) 990円

暴走族のパシリから始まった沖縄のフィールドワーク、10年超の記録。

第6回沖縄書店大賞沖縄部門大賞受賞、各紙書評で絶賛の話題書、待望の増補文庫化!

路地裏で、基地のネオンの道の片隅で、暗いコンビニの駐車場で、
バイクを止めて、彼らの言葉を拾う。
それは暴力以前にあったお話、掟を生きる前の傷みの話でもある。
掟がなぜ作られたのか、掟の外部はあるのか、
夜の街で拾われた言葉から考えたい。
――上間陽子(教育学者)

バイクのうなり、工事現場の音、キャバクラの笑い、深夜のコンビニ前のささやき。
本書を満たす音をどう聞き取るのが「正しい」のかは、まだ決まっていない。
――千葉雅也(哲学者)

解説 岸政彦

生まれ故郷が嫌いだと吐き捨てるように言った、一人の若者。その出会いを原点に、沖縄の若者たちをめぐる調査は始まった。暴走族のパシリとなり、建設現場で一緒に働き、キャバクラに行く。建設業や性風俗業、ヤミ仕事で働く若者たちの話を聞き、ときに聞いてもらう。彼らとつき合う10年超の調査から、苛酷な社会の姿が見えてくる──。補論を付した、増補文庫版。

「沖縄で出会ったヤンキーの拓哉は、「仕事ないし、沖縄嫌い、人も嫌い」と、吐き捨
てるように言った。沖縄の若者が生まれ故郷を嫌いだとはっきり言うのを初めて聞いた
ので、私は驚いた。彼が嫌いな沖縄とはなんなのか。そもそも、彼はどんな仕事をし、
どんな毎日を過ごしているのか。そうしたことを理解したいと私は思った。10年以上
にわたる沖縄での調査の原点は、そこにあった。」(「はじめに」より)

【目次】
はじめに

第一章 暴走族少年らとの出会い
1 広島から沖縄へ
2 拓哉との出会い
3 警官とやり合う

第二章 地元の建設会社
1 裕太たちとの出会い
2 沖組という建設会社
3 沖組での仕事
4 週末の過ごし方
5 沖組を辞めていった若者たち
6 沖組という場所と、しーじゃとうっとぅ

第三章 性風俗店を経営する
1 セクキャバ「ルアン」と真奈
2 「何してでも、自分で稼げよ」 ―― 洋介の生活史
3 風俗業の世界へ
4 「足元を見る」ということ
5 風俗経営をぬける
6 性風俗店の経営と地元つながり

第四章 地元を見切る
1 地元を見切って内地へ ―― 勝也の生活史
2 鳶になる
3 和香との結婚、そして別れ
4 キャバクラ通い
5 地元のしーじゃとうっとぅ
6 キセツとヤミ仕事
7  鳶を辞め、内地へ

第五章 アジトの仲間、そして家族
1 家出からアジトへ ―― 良夫の生活史
2 「自分、親いないんっすよ」 ―― 良哉の生活史
3 夜から昼へ ―― サキとエミの生活史

おわりに
あとがき

補論 パシリとしての生きざまに学ぶ ―― その後の『ヤンキーと地元』
1 パシリとして生きる
2 パシリとしての参与観察
3 フィールドへ

解説 打越正行という希望  岸政彦

打越 正行
打越正行(うちこし・まさゆき) 

1979年生まれ。社会学者。現在、和光大学現代人間学部・講師、特定非営利活動法人 社会理論・動態研究所・研究員。専門は、社会学、沖縄、参与観察。単著に『ヤンキーと地元――解体屋、風俗経営者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち』(筑摩書房、2019年、第6回沖縄書店大賞・沖縄部門大賞)、共著に『最強の社会調査入門』(前田拓也ほか編著、ナカニシヤ出版、2016年)、『地元を生きる――沖縄的共同性の社会学』(岸政彦・打越正行・上原健太郎・上間陽子編著、ナカニシヤ出版)、『〈生活-文脈〉理解のすすめ――他者と生きる日常生活に向けて』(宮内洋・松宮朝・新藤慶編著、北大路書房、2024年)などがある。

「読む前から想像していた通りの、悪循環な環境でした。

こんな最悪な環境にパシリとして潜入して研究した著者の覚悟には拍手を送りたいです。」

「著者並びに単行本の内容への評価は十分社会的になされていると思うので、単純に文庫化されたことでの手に取りやすさについて寿ぐ。
ぜひ大学生や高校生など、そもそもオキナワやヤンキーに触れたことのない方は出会う為に。
また普段から見聞きしたことある方は、出会い直す為に、一つのきっかけになると思う。

私も文庫化されたタイミングで手に取ってはいたが、わざわざレビュー残すにはあまりにも語り尽くされたと思って残していなかった。
ただ今回の文庫化には補論と解説と呼ばれるものがあるのでその箇所について。

・補論 パシリとしての生きざまに学ぶ-その後の『ヤンキーと地元』

学術用語でいうと、参与観察。内容は、パシリについて。詳しい話は、ぜひ文庫本をぜひ手に入れて噛み締めるように読んでいただきたい。これから大学に進学し、社会学なる領域に踏み込む者にとっては、本書は“教科書“となるに違いない。
ただ、それはタイパ&コスパの世界とは真逆である。何なら何を得られるのかも分からない。
そんな世界に自身を投企出来るか。
私は、研究者の道には居ないので、私の学生時代の恩師をどこかに重ねながら読んだ。

一部抜粋すると、以下である。

「私は二〇年近くにおよぶ社会調査の過程で、調査対象者からパシリとしての生きざまを教わった。(中略)私はこれまで、緊張感のある建設現場において、失敗を繰り返すパシリが人間関係を円滑にまわす「潤滑油」のような役割を果たし、結果として先輩と後輩の関係を安定的に維持する機能として働いていると説明してきた。」

初めて読む方には、なんのこっちゃ。と面喰らうかもしれないが、おそらくこれが参与観察なるものの一例である。
まさにその社会の歯車の一つとなり、歯車としての自身と全体を観察するのである。

もし、この補論の続きを読みたい方はなんらかの形で手に取っていただきたい。
それこそが、著者への最大の弔いであると私は信じたい。私も、著者の遺してくれた文章を社会に開くことこそ、最大の弔いと信じる。

あと、社会学が大好きな方は、岸政彦さんの解説も掲載されている。
単行本を持っている方もぜひこの解説文に触れる為にも、文庫本を手に入れて欲しい。

ちなみに解説のタイトルは、「打越正行という希望」である。
憎いくらいのタイトルである。私も、打越正行さん本人にお会いしたことはないが、文章に触れることを通して、決して燦々と輝くようなものではないかもしれないが、その“希望“の一片に預かれた思いがある。
悲しいことに、二度と新しい文章は彼の手から紡がれることはないのだが、和光大学で教鞭を取られていたようなので、そこから学生たちが何かしらを受け取ったと信じたい。

また、著作は時代を超えるともいう。
私も、彼の著作は時代を超えると思う。いや、超えるように読み手が格闘せねばならない。

私も、そのような読み手でありたいとつい思ってしまう。

ここに今後続くであろうレビューを読まれた方が、最初は立ち読みでも良いので平積みされた書店や図書館などでその一片に触れていただきたい。
私は、この著作に一度踏み入れたらそこから逃れ難いような引力が存在していると信じている。
そして著者の思いは、更にその先にあるとも思う。

2024.12.10-11 著者の訃報をSNSで知った夜。」


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