馬場より先に引退した猪木にぶつけた新人記者の質問に

馬場さんと戦えないまま、先に引退…どう思いますか? 新人記者の質問に猪木さんの答えは

元プロレスラーで参院議員も務めたアントニオ猪木さん(本名・猪木寛至)が1日午前7時40分、心不全のため都内にある自宅で死去しました。

79歳でした。

猪木さんのマネジメント会社が発表。

プロレス界だけにとどまらず、政界をはじめ多方面に影響を及ぼした猪木さん。

その素顔を担当記者が振り返りました。

禁断の質問をぶつけてみた

98年4月4日に東京ドームで行われた引退試合。

テレビ朝日で中継されたラストマッチを古舘伊知郎アナが実況することになり、2カ月前に開かれた番組制作発表会見のことだったと記憶している。

当時、まだ入社したばかりだった私は、猪木さんにこんな質問をぶつけてみた。

「ジャイアント馬場さんと戦えないまま、馬場さんより先に引退することについてどう思いますか?」

会見に同席していた古舘アナはじめ、みんなの表情が一斉に曇った。

どうも、してはいけない質問だったらしい。

当時、新日本と全日本のリングの間には、想像よりはるかに高い壁があった。

猪木さんの花道となる有終舞台の会見で、馬場さんのことを口にすることはタブーだった。

猪木の答えは

日本プロレスの前座時代には、猪木さんが馬場さんに16戦全敗した。

2人がスターダムにのし上がってからは、両雄対決は実現しなかった。

同じリングに立てない事情は、少年少女のプロレスファンでもなんとなく理解できた。

私の質問は空気を読まない、今の言葉で言うと忖度しろよオマエ…というヤツである。

会場に漂った微妙な空気をかき消そうと、古舘アナは「そんなの○○と○○がいまセックスするようなもんでしょ」と絶対に交わらない、という例えの古舘節で場をなごませた。

そのまま“スルー”されるかと思った質問に、マイクを持った猪木さんはこう答えた。

「馬場さんがいたから、ここまで来れたというか…今の自分がいる」。

評論家の門馬忠雄さんが、会見でのやりとりを雑誌などで取り上げてくれた。馬場さんあっての自分-猪木さんがライバルを“認めた”瞬間だったらしい。

いい質問だった

何か質問をしようと、必死になっていた若き日の私。

会見場に漂った微妙な雰囲気、猪木さんの答え。

ベテランの記者が「猪木の馬場への思いをうまく引き出した。若い君にしかできない、いい質問だったね」と声をかけてきてくれたこと。

この時の小さな自信を、今でも心の中の宝箱に大切にしまいながら仕事を続けている。

互いに切磋琢磨した猪木さんと馬場さんの濃密な関係と、同列に語るのはおこがましい。訃報に接して「猪木さんがいたから、今の自分がいる」という言葉を送りたい。

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