150人が語り、150人が聞いた、東京の人生
いまを生きる人びとの膨大な語りを一冊に収録した、かつてないスケールで編まれたインタビュー集。
……人生とは、あるいは生活史とは、要するにそれはそのつどの行為選択の連鎖である。
そのつどその場所で私たちは、なんとかしてより良く生きようと、懸命になって選択を続ける。
ひとつの行為は次の行為を生み、ひとつの選択は次の選択に結びついていく。
こうしてひとつの、必然としか言いようのない、「人生」というものが連なっていくのだ。
そしてまた、都市というもの自体も、偶然と必然のあいだで存在している。
たったいまちょうどここで出会い、すれ違い、行き交う人びとは、おたがい何の関係もない。
その出会いには必然性もなく、意味もない。
私たちはこの街に、ただの偶然で、一時的に集まっているにすぎない。
しかしその一人ひとりが居ることには意味があり、必然性がある。
ひとつの電車の車両の、ひとつのシートに隣り合うということには何の意味もないが、しかしその一人ひとりは、どこから来てどこへ行くのか、すべてに理由があり、動機があり、そして目的がある。
いまこの瞬間のこの場所に居合わせるということの、無意味な偶然と、固有の必然。確率と秩序。
本書もまた、このようにして完成した。
たまたま集まった聞き手の方が、たまたまひとりの知り合いに声をかけ、その生活史を聞く。
岸政彦さん×柴崎友香さんの『大阪』が届いた。ページをめくるごとに切ない。私は大阪に来て、故郷よりも長い月日を過ごした。大阪を出て、子どもとの生活を始めた。過去に取り込まれるようで、いまは大阪が少し怖い。でも、忘れられない。 pic.twitter.com/sjDtjY0npt
— et.un.couffin (@gaco_et_un_couf) August 21, 2021
それを持ち寄って、一冊の本にする。ここに並んでいるのは、ただの偶然で集められた、それぞれに必然的な語りだ。
だからこの本は、都市を、あるいは東京を、遂行的に再現する作品である。
本書の成り立ち自体が、東京の成り立ちを再現しているのである。
それは東京の「代表」でもなければ「縮図」でもない。
それは、東京のあらゆる人びとの交わりと集まりを縮小コピーした模型ではないのだ。
ただ本書は、偶然と必然によって集められた語りが並んでいる。
そして、その、偶然と必然によって人びとが隣り合っている、ということそのものが、「東京」を再現しているのである。
一般から公募した「聞き手」によって集められた「東京出身のひと」「東京在住のひと」「東京にやってきたひと」などの膨大な生活史を、ただ並べるだけの本です。
解説も、説明もありません。ただそこには、人びとの人生の語りがあるだけの本になります。
■果たし状を出すの、中学生に。グループがあるの。うちらのグループ、そっちのグループ、果たし状出して、行って、喧嘩するの。髪の毛引っ張ったりね 聞き手=鈴木恵理 ■改札こうやって入ろうか入ろうかって何回かやって、そのたびに私が一歩踏み出すから、もう笑い出して、向こうから来てくれて 語り手=黒田樹梨 聞き手=鈴木紗耶香 ■運命じゃないけど、江戸っ子がグイーンって来たっていうか 聞き手=スズキナオ ■うぉわ!って(笑)。こんなにお金がある!みたいになって。あはははは。だからもう、ほんとにもう、全然なんか、とにかくもらえるだけでうれしかったんで 聞き手=鈴木裕美 ■やっぱり、止まり木なんですよ。鳥が飛んで、休む場所なんですよ 聞き手=関駿平
岸政彦(きし・まさひこ)
一九六七年生まれ。社会学者・作家。立命館大学教授。主な著作に『同化と他者化──戦後沖縄の本土就職者たち』 ナカニシヤ出版、二〇一三年 、『街の人生』 勁草書房、二〇一四年 、『断片的なものの社会学』 朝日出版社、二〇一五年、紀伊國屋じんぶん大賞 2016 受賞 、『質的社会調査の方法──他者の合理性の理解社会学』 石岡丈昇・丸山里美と共著、有斐閣、二〇一六年 、『ビニール傘』 新潮社、二〇一七年、第一五六回芥川賞候補、第三〇回三島賞候補 、『マンゴーと手榴弾──生活史の理論』(勁草書房、二〇一八年)、『図書室』 (新潮社、二〇一九年、第三二回三島賞候補)、『地元を生きる──沖縄的共同性の社会学』(打越正行・上原健太郎・上間陽子と共著、ナカニシヤ出版、二〇二〇年)、『大阪』(柴崎友香と共著、河出書房新社、二〇二一年)、『リリアン』(新潮社、二〇二一年、第三四回三島賞候補)など。
プロジェクトに寄せて
それまでも何度か東京には遊びに行っていましたが、18歳の受験のときにはじめてひとりで東京を訪れたときのことが忘れられません。どこだったか場所も忘れた、小さな安いビジネスホテルの部屋で、真夜中に窓を開けると、星空のような街の水平線に新宿の高層ビルの灯りがきらきらと瞬いていました。よく、東京にはリアリティがないとか、虚構の街だとか、記号の海だとか、そういう気取った言い方があります。でも、この歳になってもいまだに、東京を訪れるたびに感じるのは、その実在感です。ああ、東京タワーって、ほんとにあったんだ。新宿アルタって、ほんとにあるんだ。渋谷のスクランブル交差点って、実在するんだ。
有名なところだけでなく、小さな商店街の一本裏の、小さな家やアパートが並ぶ路地も、たしかにそこに実在する東京です。 記号やバーチャルではない、実在する東京。ほんとうにそこにある、ただの、普通の東京。
もちろんその全貌を、一挙に理解することはできません。でも、私たちはすくなくとも、たまたま出会ったその小さな欠片を切り取って、手のひらの上に並べることはできます。
岸政彦
【お詫びとお知らせ】岸政彦編『東京の生活史』について、刊行延期後の発売日が決定しましたのでご報告いたします。
当初の発売日:2021年8月23日(月)
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延期後の発売日:2021年9月21日(火)ご参加いただいた語り手と聞き手の方々、読者ならびに関係者の方々に、再度深くお詫び申し上げます。 https://t.co/tJ7T5FhSG9
— 筑摩書房 (@chikumashobo) August 17, 2021
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