警察官は実力主義?高卒ノンキャリアでも下克上できるワケ

警察官の壮絶な「出世競争」の内幕…高卒ノンキャリアでも「下剋上」できるワケ

縦社会を生きる警察官にとって、人事は大きな関心事。

他の省庁ではありえないのですが、警察だけは高卒でも下剋上できるので、出世へのモチベーションも大きいのです。

警察官の人事はどうやって決まるのか、ノンキャリアの出世の醍醐味とは何か。

警察内部の人事事情や下剋上を詳細に書き綴った新刊『プライド 警官の宿命』を上梓した元公安警察のベストセラー作家、濱嘉之氏が語ります。

警察を左右する、キャリアとノンキャリの人間関係

官民を問わず、そこで勤務する者にとって人事は気になるものです。

文字どおり、人事は所詮「ひとごと」であり、よほどの理由がない限り、職員個人の立場など考慮することなく人事異動は行われます。

警察においてもそれは顕著で、しかも警察の組織運営の基本は階級にあるため、警察官の昇進や人事への関心はひときわ高いのです。

ほとんどの公務員が国家公務員と地方公務員とに分かれるように、警察も警察庁と都道府県警察に分かれており、他の公務員同様相互に人事交流があります。

しかし、他の省庁とは異なり、警察庁と都道府県警は同じ階級制度のもと、同じ現場で勤務しています。

警察庁採用の警察官には、国家公務員総合職試験に合格したキャリアと呼ばれる「警察官僚」と、国家公務員一般職試験に合格した「準キャリアの警察官」がいるのですが、後者は警視庁では所属長(警察署長や本部の課長など)になることがないため、地方公務員採用であるノンキャリアにとって影響力はほとんどありません。

なので、キャリアとノンキャリア、略してノンキャリの人間関係が組織の明暗を分けると言っても決して過言ではないのです。

全国約26万人の警察官のうち約600人しかいないキャリアが、高レベルの国家試験を合格した頭脳の持ち主であることをノンキャリは誰しも理解しています。

しかし、いくらお勉強ができても、そこに人間性が伴わなければかえって迷惑な存在になるのです。

時として自らを天下人にでもなったような錯覚に陥ってしまう「勘違いキャリア」が存在するのも事実。

そういう輩とたまたま鉢合わせになったノンキャリは実にみじめな社会人になってしまうのですが、キャリアはいつまでも同じポストにはいないため、その1~2年の期間はジッと我慢して、次の人事に期待するしかありません。

全国警察の中で不祥事が多発するのは、この勘違いキャリアの弊害に遭っている場合も多いのが実情です。

警察社会だけにある「下剋上」

キャリアの階級は警部補からスタートし年次ごとに上がっていくのですが、ノンキャリの場合は巡査から始まって警部までは昇任試験で階級が上っていきます。

警察組織で幹部というと形式的には巡査部長以上を指すのですが、実質的には警部以上をいう場合が多いです。

これは各都道府県警の勤務に関する人事権を持つのは警部以上であるためです。

■警察庁の階級(キャリア)
警部補→警部→警視→警視正→警視長→警視監(→階級なしの警察庁長官)

■警視庁の階級
巡査→巡査部長→警部補→警部→警視→警視正→警視長→警視監→警視総監

昇任試験を順調に乗り越えていけば、30代半ばで警部、40代前半で警視に昇任する者も出てくるのです。

過去には、ノンキャリ巡査で始まって在職中に警視監(警視庁ナンバー2の階級)にまで上り詰めた人もいます。

しかも、この方は高卒でした。

この下剋上とも言われる出世の道が切り開かれるのは、おそらく警察社会だけのことでしょう。

東京都を管轄し、全警察官の約5分の1にあたる4万3000人を擁する警視庁にはキャリアだけでも30人近くもおり、日頃からノンキャリ警察官とも勤務を通じた接点が多いのです。

そのため警部補クラスのノンキャリの中には、警視長以上のキャリアと階級を超えて、まるで「戦友」のように酒を酌み交わすほど間柄になる人さえいます。

優秀なノンキャリ警察官が目指す最高の出世

警察官の人事はどうやって決まるのでしょうか。

警視庁に限った話ではあるのですが、ノンキャリで「優秀」と呼ばれる人材のほとんどが「総務部企画課」「警務部人事第一課」に進みます。

企画課長こそノンキャリの所属長では最高位で、さらにその先、警察学校長や警視庁本部の部長に昇任していきます。

警部補以上でこの2つの所属に配置されるには、その前の巡査部長試験、警部補試験、これに伴う関東管区警察局の関東管区警察学校の成績が、全て上位5パーセントに入っていなければいけません。

さらに警視庁内で「一発一発合格」と呼ばれる、巡査部長と警部補の昇任試験に一度も失敗することなく、両方を一発で合格して、なおかつ、その成績が優れていなければならないのです。

そうかといって、勉強だけできればいいというものではなく、そこには周囲との協調性や職務への順応性も求められ、いわゆる優れた管理者としての人格が必要とされます。

憧れ的存在の「刑事」「白バイ」「公安」はどうか

しかし、そのような学業の成績優秀者ばかりで人事が動かされているわけではありません。

警察官の中でもある種の憧れ的存在である「刑事」や「白バイ」の道に進む者はどうなのでしょうか。

その両者に共通するのが「職人意識」です。

日頃からコツコツと自分の求める技を鍛え、いざとなればその技量を最大限に発揮して成果を挙げるのです。

しかし、一口に刑事と言っても捜査一課のような強行犯担当、捜査二課のような知能犯捜査、捜査三課の盗犯捜査に分かれますし、組織犯罪捜査や生活安全捜査と、刑事の幅は広いのです。

また、白バイも交通捜査が主流ですが、マラソンや箱根駅伝の先導などの名誉的な仕事もあります。

このような分野では「一本釣り」と呼ばれる手法で、警視庁本部勤務員が生まれています。

これは各分野で突発的に組織される「捜査本部」の勤務員となった者の中から、「これは使える」と判断された者を、各部署が人事課に申し入れして警視庁本部の勤務員に引き上げる場合です。

そして、よく小説や映画で取り上げられる警備公安警察はどうでしょうか。

警備警察が主に機動隊を中心とする守りの部門であるのに比べ、公安警察は攻めの部門です。

公安警察に進むのも企画、人事に次ぐ難関です。

これも昇任試験や各学校での講習成績が上位10%に入っていなければ、公安警察の登竜門である「公安講習」の面接さえ受験できません。

さらに公安講習を受講できたとしても、そこで情報に関する「センス」を問われるのです。

「情報は人」といわれるほど、公安ではその「センス」が重要になっています。

「下剋上」すれば、ノンキャリの世界は広がる

組織のトップにはなることができないノンキャリの最大の魅力は下剋上です。

高卒で警察官になった者が勉強に励み、最速で昇任試験に合格、23歳で巡査部長となれば、巡査のまま父親と同じような年齢になっている人の上司になるのです。

さらにまた最速で27歳で警部補にも合格すれば、最低でも20人以上の直属の部下を持つことになります。

1年半後には警察署を離れ警視庁や県警本部などの本部勤務員となるのですが、その中には上級官庁である警察庁に出向することになる人もいて、また新たな世界に触れることができます。

また、ある者は警察庁からさらに他省庁に派遣され、国会や海外に赴任することもあります。

この出向先の上司から「君をここに推薦してくれた上司に会いたいものだ」を言われるほど、適材適所で活躍した人の人生は、大きな転機を迎えることになるでしょう。

在外公館勤務で、まるでスパイまがいの情報収取を行う人や、国会で情報収集するうちに衆議院議員選挙に出馬を求められる人さえ出てくるのです。

特に国会は人脈と情報のるつぼです。

善良な社会人や一般市民、だけでなく、得体の知れない宗教団体の関係者から詐欺師まで魑魅魍魎(ちみもうりょう)も跋扈(ばっこ)しているのです。

あえてこの魑魅魍魎どもに接点を見出して、その内側にもぐりこめば、そこには反社会的勢力の本拠地があったりもします。

せっかく与えられた数年間の部外の職場を如何に楽しみながら、本来目的の情報収集に結びつけることができるか……という醍醐味もノンキャリならではの面白さなのです。

ノンキャリを認め、うまく使えるキャリアこそが最強

特に公安の世界では、現職中であってもキャリア、ノンキャリアの垣根と階級を超えた付き合いをする者が稀に登場します。

警視庁のいち警部補が、警視監の階級である警察庁警備局長とサシで話をすることさえあるのです。

これを聞くと、同じ警察官であっても「テレビドラマの世界」のように思う人が多いでしょうし、警察庁と隣り合う警視庁以外では地理的条件上ありえないことであるし、警視庁に出向している警察庁からのキャリアにとってもにわかに信じがたいことですが、「事実は小説よりも奇なり」なのです。

そして、そういうトップは日頃から現場の意見をくみ上げる資質を持っているため、恐ろしいほどの深慮遠謀ができる人物になっていきます。

他方、この人物の直轄で動く警部補もトップの考えを自然と理解し、その考察を以て情報収集するため、様々な分野においてますます核心を掴んで分析できるようになるのです。

上が下を見る以上に下は上を見ている

かつての戦国武将の多くが「クサ」とも呼ばれた忍者を直属の配下として持っていました。

一般的に忍者の任務は目的遂行のために素性を隠して潜入先の地に一般住人として溶け込み生活し、情報収集や撹乱工作を行うことと思われがちですが、最も重要な役目は戦場において「瀬踏み」と呼ばれる、渡河する際の浅瀬を探す仕事でした。

あの孫子でさえも「敵が河を半分渡ったところで攻撃せよ」と示したように、部隊は攻めも退却でも川を渡る際に最も困難が伴います。

これを事前に調査するのが戦時の忍者の任務で、平時と有事では忍者の用い方は大きく違っていました。

これと同様に、ノンキャリの情報マンはキャリアの指示を待つことなく、常に有事に備えて組織のトップの耳目となって情報収集を行うことにより、自らもまた、将来、人の上に立った際に自分がなすべきことを判断できるようになるのです。

この相乗効果を生むためにはノンキャリを使うキャリアの資質が大きく左右しますし、これが劣る者にはノンキャリもサボタージュこそしないものの距離を置くようになります。

これもある意味では下剋上の一つとなるのです。

上が下を見る以上に下は上を見ています。

「運命に生きて、運命を活かす」のが、“ゆりかごから墓場まで”実に幅広い業務を取り扱う警察人事の要諦と言われています。

ネットの声

「現職で間も無く退職です。
上を目指す!とは、思いませんでしたが、「悪い奴を捕まえたい」気持ちでずっとやってきました。
高卒で刑事になり、いろいろな被疑者を捕まえました。事件を転がすのは、捜査主任官である警部補なのですが、マネジメントばかりになる警部になりたいとは思いませんでした。こう言うと負け犬の遠吠えみたいに聞こえますが、34歳で警部補になり刑事でやってきた自分は、これで満足しています。
問題は生き方かなって思います。
沢山捕まえても給料が増える訳ではありませんが、被害者や関係者に「ありがとうございました」と言われることが何よりのモチベーションでしたし、これが天職であり、そう言った奴も世の中に必要だと思うし、それが私だったと思い、まもなく幕をひきます。後輩警察官にも是非身体に気をつけて頑張っていただきたいです。」

「元警察官だけど、キャリアとかノンキャリアとか変に比較してるよね。
実際、警察官はキャリアとかノンキャリアとか気にしてる人なんか誰もいないよ。
民間だって、例えば将来社長になることが約束されてる社長の息子が入社したら、その人と他の社員を比べるかというと比べないだろうが、その人はその人だろうよ。それと同じ。
キャリアはキャリアのポスト、ノンキャリアはノンキャリアのポストがあるわけ。
しかもキャリアなんて全警察官の0.1%もいないわけだし。
あと、出世どうのと書いてるけど、警察は仕事をとるか出世をとるか、はっきり分かれてる。
「この部門の仕事が大好きだ」と思っても、出世したらその部門では仕事できなくなるんだよね。
出世したら、全体を管理しなくちゃいけないから、1つの部門にこだわることができないから。
出世しない人は出世に興味ないか、その部門のスペシャリストになってるかなんだよね。」

「普通、公務員は高卒ですぐに採用されるのがいいんだよね。44年ルールというものがあり、44年勤務すると、満額で年金がもらえる。18歳で公務員になると、62歳で年金だ。気象大学校あたりが最強なのかなあ。レアなケースだと高卒ですぐに検察事務官に採用され、内部試験で副検事、検事と合格するのもありかも。」

プライド 警官の宿命 濱嘉之 (著) 講談社 (2022/9/15) 880円

元公安警察の作家、濱嘉之の待望の新シリーズは、高卒ノンキャリの下剋上物語!

田園調布管内の3つの駐在所には、一人ずつ息子がいた。

高卒で「実務能力ゼロ」の隆一、

要領よく生きてきた私大卒の清四郎、

子どもの頃から優秀で東大卒の和彦。

3人の幼馴染は警察の道に進み、熾烈な訓練とそれぞれの人事双六に飛び込んでいく。

屈辱と栄光と友情の警察物語がいま始まる!

<文庫書下ろし>

 

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