月夜の森の梟 小池真理子(著) 朝日新聞出版 (2021/11/5) 1,320円

「年をとったおまえを見たかった。見られないとわかると残念だな」(「哀しみがたまる場所」)

作家夫婦は病と死に向きあい、どのように過ごしたのか。

残された著者は過去の記憶の不意うちに苦しみ、その後を生き抜く。

心の底から生きることを励ます喪失エッセイの傑作、52編。

◯本文より
あと何日生きられるんだろう、と夫がふいに沈黙を破って言った。/「……もう手だてがなくなっちゃったな」/私は黙っていた。黙ったまま、目をふせて、湯気のたつカップラーメンをすすり続けた。/この人はもうじき死ぬんだ、もう助からないんだ、と思うと、気が狂いそうだった。(「あの日のカップラーメン」)

余命を意識し始めた夫は、毎日、惜しむように外の風景を眺め、愛でていた。野鳥の鳴き声に耳をすませ、庭に咲く季節の山野草をスマートフォンのカメラで撮影し続けた。/彼は言った。こういうものとの別れが、一番つらい、と。(「バーチャルな死、現実の死」)

たかがパンツのゴム一本、どうしてすぐにつけ替えてやれなかったのだろう、と思う。どれほど煩わしくても、どんな忙しい時でも、三十分もあればできたはずだった。/家族や伴侶を失った世界中の誰もが、様々な小さなことで、例外なく悔やんでいる。同様に私も悔やむ。(「悔やむ」)

昨年の年明け、衰弱が始まった夫を前にした主治医から「残念ですが」と言われた。「桜の花の咲くころまで、でしょう」と。/以来、私は桜の花が嫌いになった。見るのが怖かった。(「桜の咲くころまで」)

元気だったころ、派手な喧嘩を繰り返した。別れよう、と本気で口にしたことは数知れない。でも別れなかった。たぶん、互いに別れられなかったのだ。/夫婦愛、相性の善し悪し、といったこととは無関係である。私たちは互いが互いの「かたわれ」だった。(「かたわれ」)

近年、稀にみる圧倒的共感を得た朝日新聞連載の書籍化

小池 真理子
1952(昭和27)年、東京生れ。成蹊大学文学部卒業。
1996(平成8)年に『恋』で直木賞、1998年に『欲望』で島清恋愛文学賞、2006年に『虹の彼方』で柴田錬三郎賞を受賞した。代表的な長編作品に『狂王の庭』『虚無のオペラ』『瑠璃の海』『望みは何と訊かれたら』『ストロベリー・フィールズ』がある一方、短編の名手としても知られ、『水無月の墓』『夜の寝覚め』『雪ひらく』『玉虫と十一の掌篇小説』といった短編集も多数発表している。また、エッセイ集に『闇夜の国から二人で舟を出す』などがある。

「朝日新聞に連載されていました。新聞購読者です。掲載された日の朝は、仕事に遅れそうになりました。読みながら溢れる感情を抑えられなくて、おいおい泣いてしまうからです。改めて読み返して、私の大切なその人を思い浮かべてまた泣いています。小池真理子さんの小説は、どれも自分に重なって読んでしまいます。情景が浮かび、すぐ近くでお2人を見ている気持ちになりました。」

「配偶者を亡くした著名人のエッセイをいくつか読んだが、このエッセイは共感を超越し、自分の体験が重なった。救われた思いがする。」

「今年夫を見送りました。この本をよんで泣いて泣いて、喪失に共感し、思いの同じ作家さんがいて本当に自分の寂しさを分かってもらえると心落ち着きました。」


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