ヒトの「生物学的な寿命」は55歳だった!……寿命よりなぜか30年長く生きている「意外なワケ」
日本人の平均寿命は80歳台を超えた。
ヒトの寿命は動物より飛び抜けて長い。
しかし、ヒトの「生物学的な寿命」は、じつはもっと短いのだ。
ヒトはなぜ「本来の寿命」より長く生きているのか?
話題の書、小林武彦『なぜヒトだけが老いるのか』では、生物学の最新研究で明らかにされた「意外な理由」が明かされている。
目次
ヒトの生物学的な寿命は「55歳」
ここまでで、ゲノムの傷によって老化が引き起こされるというミクロの視点からお話をしてきました。
ここからは、それが寿命にどのように影響するのか、見ていきましょう。
チンパンジーやゴリラに比べると、ヒトの寿命は飛び抜けて長いです。
ヒトは老化および寿命に関して、非常に特殊な生き物なのです。
日本人の平均寿命は最近100年間、毎年平均0.3歳ずつ延びており、大正時代に比べてほぼ2倍になりました。
生物として何かがこの短期間に変化したわけではなく、社会の変化、つまり栄養状態や公衆衛生の改善により若年層の死亡率が低下したおかげです。
では、本来の生物学的なヒトの寿命はどのくらいでしょうか?
私は50~60歳くらいではないかと考えています。
そう考える根拠はいくつかあるのですが、中でも強いものを3つ挙げてみます。
ヒトの寿命は50~60歳
1つ目は、ゴリラやチンパンジーの寿命からの推定です。
ゴリラやチンパンジーの最大寿命は大体50歳前後です。
ヒトとゴリラやチンパンジーは、見た目かなり違いますが遺伝情報(ゲノム)はほぼ同じ(チンパンジーは98.5%同一)です。
ヒトはちょっと賢い(? )だけで、同じ大型霊長類の仲間なのです。
ですので、ヒトの肉体的な寿命も彼らと似ている、つまり50歳前後、と考えるのはありだと思います。
2つ目の根拠は、「哺乳動物の総心拍数は一生でほぼ20億回仮説」からの推定です。
ちょっと長い仮説名称ですが、簡単に言うと、哺乳動物の一生涯の総心拍数(心臓の拍動回数。
“ドックン、ドックン”の数)は、寿命が2~3年のハツカネズミも60年のゾウもほぼ同じで大体15億~20億回というものです。
実際にネズミの拍動は1分間に600回と非常に速く、逆にゾウのそれは1分間に30回とゆっくりで、それに寿命をかけるとほぼ同じ回数に収まります。
心臓は再生しない消耗品であり、使った分だけ劣化すると考えると、理にかなった説だと思います。
心拍数20億回を限界としてヒトの寿命を計算すると、やはり50歳前後になります。
つまりヒトのハード(肉体)としての寿命は、本来はそれぐらいだということです。
3つ目はがんです。
ヒトは、55歳くらいからがんで亡くなる人数が急激に増加します。
これはこの年齢以上に生きることが想定されていない、進化の選択がかかっていなかったことを意味しています。
というのは、野生の哺乳動物でがんで死ぬものがほとんどいないので、ヒトも本来はがんになる前、つまり55歳よりも前に死んでいたのでしょう。
以上3つの理由から、ヒトの本来の寿命は55歳くらいというのはそれほど間違っていないと思います。
なぜヒトは「55歳」より長く生きているのか?
しかし実際には、それよりも30年程度長く生きています。
これは一体なぜなのでしょうか。
ヒトのゲノムは壊れにくい2022年4月、『ネイチャー』というイギリスの科学雑誌に興味深い論文が掲載されました。
それはいろいろな動物の遺伝子の変異率を調べたものです(図3?5 ※外部配信記事をお読みの方は現代新書の本サイトでご覧ください)。
変異率とはゲノム(DNA)の変わりやすさを示したもので、「DNAの壊れやすさ」と考えてもいいと思います。
その論文によると、寿命が2年のマウス(ハツカネズミ)と30年のハダカデバネズミを比べると、マウスの遺伝子の変異率が10倍程度高い、つまり壊れやすいことがわかりました。
寿命もハダカデバネズミはハツカネズミの10倍程度長いです。
ヒトのゲノムは、ハダカデバネズミよりもさらに変化しにくく壊れにくいです。
ヒトの寿命はハダカデバネズミよりも3倍弱長いです。
遺伝子の変異率が低い、つまりゲノムが壊れにくいと、細胞の機能は落ちないですし、がんにもなりません。
寿命と体の大きさの関係
この論文の結論は、ゲノムの壊れにくさが、寿命を決める一因だということです。
この論文では、寿命だけでなく、遺伝子の変異率と体の大きさの関係も調べています(図3?6 ※外部配信記事をお読みの方は現代新書の本サイトでご覧ください)。こちらは変異率ほどきれいな相関は見られませんが、傾向はあります。
体が大きい動物のほうが一般的に長生きです。
これは成長するのに時間がかかるので、その分長生きになったのでしょう。
養育期間も長くなるので、親も長生きでないといけません。
しかし結果的にそうなったというだけで、順序としては長生きになったから体が大きくなったというほうが自然です。
つまり最もシンプルなストーリーは、まず遺伝子の変異が起こり、DNAの修復能力が上がりました。
すると老化が抑えられ、がんにもなりにくくなり長生きになります。
その間いっぱい食べて体が大きくなったということなのかもしれません。
体が大きいことが有利な環境に生きている生き物だとすると、大きいほうが選択されて、ますます大きくなったと推察されます。
キリンの首が長くなったのと同じ理屈です。
こちらは変異によってたまたま首の長いのが現れて、その環境、たとえばキリンだけが食べられる高さに餌が豊富で、たまたま有利だったのでしょう。
進化のプログラム「変化と選択」の結果です。
ネットの声
「近年、ヒトの寿命が延びているのは、医学の進歩が非常に大きいと思います。一昔前は、肺結核は不治の病でした。今、肺結核で亡くなる人はいません。ガンも早期に発見されればほとんど治ります。その他、食事管理の重要性、歯科技術の進歩など様々な健康面での普及も寿命を延ばしていると思います。」
「は定年退職後に健康に目覚め、食習慣を改善すると同時に毎日2万歩以上を歩くようになりました。すると、体内で劇的に変化したことがあります。それは脈拍が1分間に50弱程度に減少したことです。生物の一生の脈拍が決まっているのなら脈拍数が少ないほど長生きできることになります。納得です。」
「生涯の心拍数が寿命が長い動物も短い動物も殆ど同じ様だが、運動量が多いと心拍数が増えそうだが。
鍛え続けている人は、運動不足の人より一定期間当たりの心拍数が多そうだが、老化が遅く、結果的に長生きする傾向に有るが。」
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