井上尚弥に挑んだ河野公平…名勝負だったが力の差は歴然だった

「ジャブが他の選手の右ストレート並。右はその3倍」井上尚弥に挑んだ元世界王者・河野公平の告白… 妊娠中の妻は「井上くんだけはやめて」

WBA&IBFチャンピオンの井上尚弥(大橋)とWBC王者のノニト・ドネア(フィリピン)によるバンタム級3団体統一戦(6.7さいたまスーパーアリーナ)が目前に迫ってきました。

2019年11月以来となる両雄のリマッチ“ドラマ・イン・サイタマ2”は井上の有利が伝えられていますが、その井上に5年半前に挑戦したのが元WBAスーパーフライ級王者の河野公平さん。

死に物狂いで“モンスター”から金星を挙げようとした河野さんが、衝撃の経験と現在の井上を語ります。

「井上くん、当時から無敵だったじゃないですか」

河野さんがWBOスーパーフライ級王者だった井上に挑戦したのは2016年12月30日の有明コロシアムでした。

河野さんはこの4カ月前、WBA王座の4度目の防衛戦でルイス・コンセプシオン(パナマ)に敗れて王座から陥落していました。

2度世界王座に就いて、コンセプシオンに敗れた時点で35歳。

悪くない引退のタイミングであり、本人も半ばそうなるだろうと覚悟していたのです。

「もう世界戦はない、終わりだなと思ってました。それが試合から1カ月くらいして立て続けに世界戦のオファーが来た。ああ、まだ自分も捨てたもんじゃないんだと。こういう話はすぐに返事をしないと流れてしまいます。やるしかない、と思いました」

井上以外のオファーはIBF王者ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)への挑戦、そして香港の人気選手レックス・ツォとアウェーの大観衆の前で試合をするというオファーでした。

言うまでもなく、モンスターへの挑戦は3つの選択肢の中で最も成し遂げることの難しいミッションだったのです。

「井上くん、当時から無敵だったじゃないですか。無敵の選手に挑戦したいという思いはありましたね。いや、もしWBAのタイトルを持っていたらなかった話かもしれない。僕は世界タイトルを5回くらい防衛しないと統一戦をする資格がないと、勝手に考えていたんです。だからベルトがなかったことも逆に良かった。失うものは何もなかったんです」

妊娠中の妻は反対「井上くんだけはやめてほしい」

一方で、河野さんの体と名誉を心配するがゆえに井上戦に反対した人もいました。

一人は妻の芽衣さん、もう一人はジムの渡辺均会長だったのです。

「妻にはけっこう強く反対されました。井上くんだけはやめてほしいみたいな感じで。ちょうど妻の妊娠が分かったくらいのころです。精神的に不安定なところもあって、僕が井上くんと試合をしたら壊されると思ったんじゃないですかね。でも、自分としてはやらないわけにはいかない。会長からは2回くらい『やめたほうがいいんじゃないか』と言われました。でも、お願いしますと」

アマチュア時代から注目され、デビューから無敗で2階級制覇を達成した井上に対し、河野さんの実力が見劣りしたのは事実。

17歳でボクシングを始め、20歳になる前日のデビュー戦で負けました。

悔しくてしょうがなかった。

父が自宅にサンドバッグを吊してくれ、ジムで、自宅で、猛練習に明け暮れたのです。

世界タイトルは3度目の挑戦でようやく獲得しました。

無名のグリーンボーイから努力に努力を重ねて2度も世界王座に就いたのです。

周囲が「もう十分やったじゃないか。井上とやらなくたってだれもキミのことを弱虫だとは言わない」と考えるのは当然でした。

それでもいったん心に火のついた河野さんが決意を翻すことはありませんでした。

いつにも増してトレーニングに力を入れ、心身ともに「最高の状態」で試合を迎えたのです。

会場の盛り上がりは9度の世界戦の中で群を抜いていました。

感極まった河野さんはあふれそうになる涙をグッとこらえてリングインしたのです。

細かい作戦は忘れた。

はっきり覚えているのは、最初から最後までフルスロットルでモンスターに襲いかかろうと決めていたこと。

“タフボーイ”のニックネームもあった河野さんはスタミナに絶対の自信を持っていました。

間を開けずに井上を攻め続ける。

体をぶつけてしつこく手を出し、泥臭く戦って相手をかく乱しようとしたのです。

ところが――。

打った瞬間に「あれ、もういないのか」

「試合が始まって、最初から見切られている感じがすごくしました。当たると思って打って、相手がその場所にいない。打った瞬間『あれ、もういないのか』という感じ。何度も世界戦をして、あんな経験は初めてでした」

それでも河野さんは勝利への希望を捨てませんでした。

「どんなに不利と言われようと、やると決めたからには勝ちにいく」。

雑草チャンピオンのポリシーは揺るぎません。

「他の選手の右ストレートくらい強かった」というジャブを浴びてもひるまず、「その3倍は強かった」という右を打ち込まれても何とか耐え、どうにか井上に接近しようと前進したのです。

距離が詰まった瞬間はがむしゃらに手を出して会場を沸かせました。

そして5回、ようやく五分に近いラウンドを作ることができたのです。

ワンツーが井上の顔面に当たった。ゴングが鳴ってコーナーに戻ると、セコンドから「いい距離になってきたぞ」と声をかけられました。

「これならひょっとするといけるかもしれない」とかすかな希望が体にみなぎったのです。

6回、河野さんは前に出ます。

ワンツー、ワンツーで井上をコーナー付近まで追い込んだのです。

いや、追い込んだように見えただけで、井上はしっかり河野さんの動きを見て、パンチを打ち込むタイミングを計っていたのです。

河野さんが右を打とうとした瞬間、井上の左フックが炸裂すると河野さんは仰向けにバッタリと倒れました。

ここは立ち上がったものの、追撃されて再び仰向けに倒れると主審が試合を止めたのです。

「2度目のダウンは立ち上がろうと思ったけど、レフェリーが寝てろと合図してきました。ああ、ダメなんだなと。最初のダウンは前に出てカウンターの左フックですね。見えなかったです。攻めていってのカウンター。僕の中では仕方がないという気持ちです」

ドネアとの第2戦を予想「4ラウンドぐらいで終わるかも」

試合が終わって自分のことを心配していた妻の顔を思い浮かべました。

実は河野さんもまた「自分がKO負けしたら、妻がショックで流産してしまうんじゃないか」と半ば本気で心配していたのです。

ところが控え室に現われた妻は驚くほどすっきりした表情をしていました。

「妻が今までに見たことがないくらい尊敬の眼差しというか、輝きのある目で僕を見ていたんですよ。勇敢に戦ったと思ってくれたんですかね。自分も全力を出し切ったので、負けたけどあの試合はすっきりしてるんです」

河野さんは井上戦のあと3度リングに立ち、2018年5月の試合を最後に引退しました。

井上の試合はその後もチェックし続けています。

スピードもパワーも自分とやったころとはまったく違う。

成長を続ける姿には感心するばかりだそう。

では、目前に迫ったドネアとの第2戦を、河野さんはどのように予想しているのでしょうか。

「第1戦はドネアが左を下げてわざと誘ったりして、駆け引きがすごく面白かったですよね。でも井上くんは眼窩底骨折して、相手が2人に見える状態で戦っていたと聞いて本当に驚きました。その状態でドネアに勝つなんて井上くんにしかできません。第2戦はああいうことが起きなければ、井上くんが圧倒するんじゃないかと思います。そうですね、4ラウンドぐらいで終わるかもしれないですね」

河野さんが井上に挑戦した試合から5年半がたちます。

芽衣さんは女児を無事に出産し、娘は幼稚園の年中さんになりました。

モンスターの凄みはあれからずっと増し続けています。

ネットの声

「井上尚弥の試合には、むこうぶち(麻雀漫画・ドラマ)を重ねてしまう自分がいます。むこうぶちの主人公で圧倒的に強い傀(かい)に立ち向かう様々な敵。傀を追い詰めても必ず最後には傀が圧勝する。実は、追い詰めているようで、対局が進むに連れてどんどん見切られている。傀が主人公でありながら、様々な事情があって傀に挑み負けていった者たちの方にドラマがある。今まで井上に対して様々な思いを持って立ち向かうものの負けていった選手たちにもそれぞれのドラマがあるんだと思う。
もちろん現実は井上も自分の目指すものや強い思いがあって厳しい練習をしているので、漫画の傀のような謎の人物ではないが、負けた相手にフォーカスすると井上戦後に別の人生を歩むことになったり、更にボクシングに対する考え方や取り組み方が変わったり、人生に影響を及ぼすような相手が井上なんだな、と思う。」

「「井上くんだけはやめて」の話を聞くたびに、河野の奥さんよくボクシングを見てるんだなと思うし、それだけ本気でボクサー河野公平を応援してたんだろうなと感じて、一段と人生の重みを感じます。
井上が圧倒的すぎるがゆえに、対戦相手にある種の滅びの美学を見てしまうことも多いし、井上の相手もそれぞれ本気でボクシングに賭けてきた人たちが多いし、自然に敗者をも称える気持ちが湧いてきますよね。
そんな中ドネアは唯一と言っていいほど「勝者」のキャリアを送ってきたスター選手です。どちらが勝るかという目線で見れば、井上の試合でこれほど緊迫することはない相手です。
だからこそ圧勝が見たいし、「引導を渡す」ではありませんが、ドネアから階級の主役の座を完全に奪ってしまうような勝ち方をしてくれると信じてます。」

「井上くんはパワースピードテクニック反応速度、全てがずば抜けてるけど、誰にも真似出来ない所が特にずば抜けてて超一流になってると思います。
それは空間認知能力。
どんな選手に対しても見切るのが早い。ドネア1でも1ラウンドで行けると思ったと言ってました。左を貰ったのは油断があったからかもしれません。でも次は貰わないと思います。
井上くんなら額の米粒だけを真剣で斬らせるのも可能かもってレベルですね。
本当に凄い選手です。」

「この当時から、『井上くんだけはやめて』という言葉もうなずけるくらい、ずば抜けて強いと思った。河野選手もパンチを繰り出してましたが、井上はそれを冷静にブロックしながらカウンターを狙ってました。1発2発…、そして3発目が見事に顔面を捉えました。あまりにも冷静すぎる。相手によってガンガン攻める時もあれば、少し様子見の時もある。上手く行かないとカウンター狙いに切り替える、恐るべきボクサー。」

↓すごく良い記事だと思うので読んでください
「井上尚弥はすべてが理想形」敗れた元世界王者が語る怪物の実像

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