「俺はお前は嫌い!」と面と向かって言われた大物とは「ショックもあるけど正直な人だな」
関根勤(69)が11月22日放送のBS-TBS「X年後の関係者たち あのムーブメントの舞台裏」(火曜後11・00)に出演。
芸能界の“恩人”萩本欽一(81)との思い出を振り返りました。
目次
1970年に芸能界入り
関根は1970年代に放送されていたTBS「ぎんざNOW!」の素人勝ち抜き企画がきっかけで、芸能事務所「浅井企画」の社長だった浅井良二さんに見い出されて芸能界入り。
浅井さんは「コント55号」のために同事務所を立ち上げ、萩本とは長年苦楽を共にした仲。
スカウトした関根を売り出そうと浅井さんが萩本に頼んだのですが、「身内っていうだけで、ド素人のヤツなんか使えない」とけんもほろろの対応だったという。
『仮面ライダーBLACK SUN』。カマキリ怪人で不覚にもラビット関根氏を思い出してしまい、ルー大柴氏は出ずっぱりだわ、途中からダロムが小堺氏に見えるわ、なら創世王は大将か、と、2周目は『浅井企画 BLACK SUN』にしか見えなかった。ぐぐぐ。 pic.twitter.com/t5KrCo76U4
— 河樹 彬 (@e_rewhon) November 22, 2022
2mの距離で嫌いと言われた…
「タイミング悪く、『カックラキン大放送!!』でカマキリ男をやってたんです。あれが欽ちゃん、大っ嫌いだって。“俺はお前は嫌い!お前みたいな気持ち悪いヤツと仕事したくない”2メートルの距離で言われました」
と振り返る関根。
それでもショックよりも「正直な人だな」と感じたそうで、
「普通、裏で“仕事したくないよ”って言うじゃない。でも面と向かって目を見て“お前とは仕事したくない”って2メートルの距離で言われた時には、ショックもあるんだけど、正直な人だなと思って。逆に“何とか潜り込んでやろう”と思った」
と当時の気持ちを振り返っていました。
関根勤。寒いカマキリ拳法がドン引きされていて、まるで出たての江頭2:50のようだった。ラビット関根から関根勤に変えてからも、まったくウケず。タモリも野末陳平みたいな見た目で、奇妙な動きをするアングラ芸人。いいとも!という昼の番組にはこんな奇人ダメでしょ、とみんな思った。
— 懐かしい昭和時代 (@natsukashi__) July 27, 2021
言われても納得していた
そこから萩本ときちんと対面するまで6年。
認められてテレビ朝日「欽ちゃんのどこまでやるの!」に出演し、小堺一機との「クロ子とグレ子」で人気となったのです。
小堺も「僕も同じ理由で会わないって言われていたんです。“素人番組で出て来るヤツが一番嫌い”って」と明かしつつ、
「でも、不思議と“何だよ”って思えないんですよ。“そうだよな”ってところを突かれるので。憎いとかよりも“何で分かるんだろう”っていうところがあるんです」
と語っていました。
歩いていたら‥
すごく立派なカマキリに出会った。
子供の頃ならビビリつつ触れたかと思うが今日は無断撮影だけで失礼した。
田舎育ちでない私は一瞬バッタかカマキリかの区別もつかなかった。
カマキリとわかった後に→カックラキン大放送→ラビット関根→カマキリ拳法が浮かぶのはテレビっ子ゆえか? pic.twitter.com/70zeLQg9Yj— すいかikaika姫 (@o_owa0_0) October 4, 2022
ネットの声
「昔のトップ芸人だからそれでいいのだと思う。
今の芸人でここまでのひとはなかなかいないし、プライドを持って、本当に努力してきた人。 それにくらいついていける人間も同じようにトップクラスの芸人。 素晴らしい。」「勝俣がオーディションのときに早く来て欽ちゃんのために用意したお菓子を食べてたら欽ちゃんが入ってきてしまい謝ることもできずひたすら睨み続けたらあいつは真剣さがあると気に入って合格にした。天邪鬼的な人でみんなが好む人より嫌う人を好む傾向がある。」
「だから欽ちゃんのもとからは後身がたくさん育ったのかもね。
たけちゃんと同じで体質が浅草芸人なんだろうね。
その点、大阪の芸人は事務所が売り出してるだけで先輩が後輩育ててるのはちょっと違う気がします。」