「4割打者」はなぜ出現しない? 歴史から紐解くその奥深い理由
今年でプロ野球ができてから86年になるが規定打席以上の「4割打者」はただの一人も誕生していません。
過去には肉薄した打者もいますが、そのハードルは極めて高いのです。
数字を紹介しながら「4割打者」の条件について考察していきます。
目次
100打席以上では2017年の近藤のみ
規定打席以下で4割以上を記録した打者はたくさんいますが、これらの打者を打席の多い順に並べると下表のようになります。
最も多くの打席に立って4割を記録したのは2017年、日本ハムの近藤健介。
この年の近藤は春先から好調で6月6日まで.407、開幕から50試合目での4割キープはパ記録だったのですが右太ももを痛めて戦線離脱。
9月28日に復帰して以降も好調を維持し最終的には.413でした。
100打席以上立った打者で4割をマークしたのはこの年の近藤だけ。
なお1967年の阪急、石井茂雄は投手です。
また1968年の中西太は往年の大打者。
1958年を最後に規定打席を外れたのですが35歳になるこの年は代打で4割をマークしたのです。
なおタイガースの小川年安の記録は、プロ野球最初のシーズンである1936年春夏に記録されました。
この季はチーム成績のみ表彰して個人記録はなかったのです。
タイガースの試合数は15試合、今流の規定打席を当てはめれば47となり、49打席の小川はクリアしています。
打席数は極めて少ないのですが、個人記録の制度がこの時点であれば、初代首位打者、そして唯一の4割打者だったことになります。
近藤健介の記録で目立つのは四球の多さ。
69安打に対し60四球もあります。
打率を上げるためには安打を打つだけでなく分母である打数をできるだけ小さくする必要があります。
選球眼が良いことは4割を打つうえでは重要なポイントと言えるでしょう。
2014年プロ野球vsヤクルト戦20歳9ヵ月 満塁本塁打記録(球団史上歴代最年少)
2015年パシフィック・リーグ打率326記録
2015年パシフィック・リーグ打率3位
プロ野球1軍 北海道日本ハムファイターズ1番?9番 全打席経験者
プロ野球100打席以上 打率4割越え記録選手 歴代初(231打席)
『4割男』近藤健介?⑦ pic.twitter.com/iGeo3baDJV— Masanao (@MASANAO_0416) November 20, 2017
高打率を残すには四球数と三振数も重要?
規定打席以上でのシーズン打率10傑を見てみましょう。
そのシーズンのリーグ平均打率と、その打率からの傑出度も示します。
1位は1986年の阪神、バース。
2年連続三冠王の2年目です。
続いてイチローの記録が2つ。
そして張本、大下と続きます。
1989年の巨人、クロマティは開幕から57試合目まで4割、これはNPB記録。
いちど3割台に落ちたのですが8月20日、96試合目まで4割をキープしました。
この時点で打率.401、打席数は404であり規定打席に到達していたのです(当時の規定打席は403)。
以後試合に出なければ初の4割打者になったところですが、巨人の中軸打者としてなおも打席に立ち続けました。
中根之は1936年秋、初めて個人記録が表彰されたシーズンに打率1位となりました。
初代首位打者です。
しかし打席数はわずか93でした。
このランキングの打者のうち四球数が三振数より多いのは7人。
高打率を記録する上で、選球眼は重要なことがここからもわかります。
三振数も少ない。
1951年の川上哲治は規定打席に達してわずか6個でした。
三振数は打率と直接関係ありませんが、三振が多い打者は確実性に欠け、4割達成は厳しいと言えるでしょう。
また、リーグ平均打率と比較した打率の傑出度は、おおむね150%程度。
この数字にも注目したいところです。
1994年9月20日、オリックスのイチローがグリーンスタジアム神戸での対ロッテ24回戦の6回裏に二塁打を打ち、プロ野球史上初のシーズン200本安打を記録。プロ3年目の今季は定位置を確保し、打率4割、69試合連続出塁、シーズン最多安打と次々に記録を樹立。この日4安打で打率を.393に上げた。日刊94.9.21 pic.twitter.com/tUa7Un99GR
— 振り逃げ満塁ホームラン (@furinige2013) September 20, 2020
MLBにみる4割打者の条件
MLBでは1900年のア・ナ両リーグ体制になって以降、打率4割は13回記録されています。
上位10傑について成績を見ていきましょう。
1位は1901年のラジョイ、2位は1924年のホーンズビー、以下、1900年から1920年代の記録が並びます。
唯一の例外が1941年のテッド・ウィリアムズ。
この記録を最後に、MLBでも4割打者は80年間出ていません。
これらの打者も三振よりも四球が少ないことが分かります。
また、打率の傑出度は150%程度と、NPBの打率10傑と大差ありません。
しかしリーグ打率は.265~.292、NPBが.216~.270なのに対して相当高くなっています。
つまり打率4割は「極端な打高投低のリーグ」で、「リーグ打率の150%前後の傑出した打率を記録する」という条件で、記録されたことが分かります。
コロナの影響で異例の60試合という短縮シーズンとなったMLB。しかし60試合のシーズンでも打率4割打者は誕生しませんでした。では最後に4割を成し遂げたのは誰なのでしょうか?そして今後4割打者は誕生するのでしょうか?その前人未到とも思われる記録に迫ります。 (part2) pic.twitter.com/3AolLRTmmT
— Jeremy Bomberman(PUI PUI 暴れん坊プイ軍feat. アシク・ジーター) (@JB1222_baseball) November 19, 2020
戦力均衡により遠のいた「夢の4割」
近年のプロ野球で、打率の傑出度が150%を超えることはめったにありません。
ここ5年の両リーグ首位打者の傑出度は下表のとおり。
リーグ打率が.250前後であるうえに、傑出度も低くなっています。
中では2年連続首位打者、傑出度140%超の吉田正尚に期待がかかります。
四球が多く三振が少ないところも有望です。
それでも正直なところ、打率4割は現実的な目標とは言い難いのです。
MLBファンとしても知られた古生物学者のスティーヴン・ジェイ・グールド。
著書「フルハウス 生命の全容―四割打者の絶滅と進化の逆説」で、MLBの4割打者が1941年を最後に絶滅したのは、戦力均衡が進み、各球団の投手のレベルが高くなったため、優秀な打者の傑出度が小さくなったことが原因だとしています。
かつては同じMLB球団と言っても強豪と弱小の戦力差は大きく、強打者たちは弱小チームの投手から安打を荒稼ぎすることができました。
しかし戦後、黒人選手がMLBでプレーするようになったうえに、ドラフト制度が導入されるなど、戦力均衡が進んだのです。
そのため、相対的に弱いチームでも、以前よりはるかに優秀な投手が投げるようになりました。
これによって 強打者たちも簡単に安打を打つことができなくなったと言うわけです。
NPBでも1965年にドラフト制度が導入されてから戦力均衡が進みました。
そのうえ、球場が広くなり、投手のレベルがあがるなど様々な要因のもと、リーグ打率が下がる中で、打率4割の夢は遠のいたと言えるでしょう。
このように「4割打者」をめぐる話は「野球の進化」と密接な関係があるのです。