逃げ得ではないセルフ終身刑のむごさ…桐島聡の寂しい50年の潜伏生活はもちろん自業自得

逃亡者・桐島聡「セルフ終身刑」問題

《私たちは彼の生きた証から何を学ぶべきなのか》

無保険逃亡生活の悲しき末路

今回桐島聡の逃亡生活で浮き彫りになった事実があります。

今回救急搬送される1年前、体調に不安があった際に、自費治療で検査し、胃がんを患っていることまでは分かっていたようだという点です。

セルフ終身刑と言われる理由として、おそらく経済的に厳しい生活を送ると同時に、胃がんが分かっても保険治療を受けることができない状況だったのは間違いありません。

自業自得ですが、その状況を悲観したまま、1年ほど、末期がんとして路上に倒れて運び込まれるまで悪化してしまったのです。

想像として考え得るのは、犯罪を犯して逃亡生活を送ってきたけれど、酒と音楽で享楽的な日々を送っていた事実もわかっています。

それでも、ついに身体の異変を知り、しかし治療も受けられず、徐々に悪化して働けなくなっていきました。

そういった中でウチダヒロシではなく桐島聡として人生来し方(こしかた)を思い返すことになります。

そして取り返しのつかない犯罪を犯したこと、そしてもうどうにもならないことを思い悩むこともあったことでしょう。

そして、胃がんで搬送されて1週間で亡くなるほど悪化していたとするならば、悶絶するほどの疼痛がたびたび桐島聡を襲っていたことは想像に難くありません。

桐島聡は、働けなくなった半年か一年かぐらいは、どうやって食いつないでいたのでしょうか。

病院に搬送した人によると、体はやせこけていたということですから、

数日間あるいは何ヶ月も食べるに困った状況だったことは間違いありません。

結果的に、病院のポリシーとして困った人は必ず受け入れるという理念を掲げている総合病院に救急搬送されて入院しています。

担ぎ込まれて入院した当初は健康保険証の提示もされておらず無保険です。

しかし、本人は末期がんで精神混濁の状態ですから、医療行政的にも本人確認義務は身寄りか勤務先、これが無理なら居住しているアパートの大家(所有者)に生じます。

少なくとも、元の組織からの支援もなく逃亡していたことを考えると、ほとんどの逃亡期間は無保険であったことでしょう。

もちろん、身分証明できるものは何一つ持っていなかったことになります。

医療行政の観点からするならば、身元不明者の入院においては、本人確認が難しい場合は行旅病人及行旅死亡人取扱法という古い法律に基づいて、

病院が所在する自治体で仮の戸籍を発行して本人の意思が回復するまで治療費や入院費を代位弁済することになります。

親族はDNA判定を拒否

病院が応召義務を拒否できる理由について、例えば暴力団排除条例(暴排条例)で反社会的勢力の皆さんの診療を断ることはあっても、

合理的な理由で「テロリストとして指名手配されていたから」というのは含まれていません。

認知症で正常な意思疎通に問題があるケースなどは頻出する一方で、

非常にレアケースだと思うのですが末期がんで担ぎ込まれてきた人がテロリストの桐島聡ですと病院関係者に自供されてもみんな困惑しただろうなというのは胸に来るものがあります。

結果的に、桐島聡ですと自供したにもかかわらず、本人確認のためのDNA鑑定は桐島聡の親族から拒否されたようです。

このことから、彼はあくまで「自称・桐島」としてその生涯を閉じ、長い時間の裏付け捜査を当局の宿題として残し幕を下ろすことになります。

しかも、遺骨の受け取りも親族からは拒否されています。

後日新聞では「桐島聡のようだ…」という記事が掲載されていましたが、確定ではないということです。

ということは、桐島聡は、「最後は桐島聡で死にたい」というのは自己満足でしかなかったことでしょう。

それでも、逃げ得であったことは間違いないでしょう。

しかし、不自由な人生の中で多少は享楽に興じても人との接触もない中、50年も寂しい人生を送ったことは間違いないのです。

事件当初、自首するなりしたら、死刑ではなく無期懲役であったにしても20数年程度で刑期を終えて出所したはず。

当時20歳で出所が40歳代。

残りの人生も30年は優にあるでしょう。

保険も所有しているはずですから70歳で人生を終えることもなかったはずです。

「他人ごとではない」身分保証の問題

今後、この手の話が医療行政で問題視されることが増えるだろうと思うのは、

テロリストが救急に担ぎ込まれてみんな呆然とすることではありません。

身元不詳の独居老人が救急で運ばれてくることが増えることです。

そうなれば、行政手続き上、類似の事案がどんどん出てきたとき自治体と受け入れ病院側で負担が増えていくことは間違いありません。

今回の事件で医療方面がかなりザワザワしているそうです。

それは、そういうことも起きる世の中になる認識が持たれたからに他なりません。

確かに桐島聡は行きがかり上、若かりし頃のやらかしで悲惨な事件を起こした責任を自ら背負う形で厳しい人生を送りました。

特段犯罪を犯したわけでもないのにまともな生活を送ることができず、

生涯独身のまま孤独な死を迎える日本人にとっては他人事ではないぞということです。

そして、マイナンバーカードによる健康保険証(マイナ保険証)の是非も出てくるかと思うのですが、

これは紙の保険証を桐島聡が使ったのではないかと問題視するのではなく、

まっとうに暮らす国民として偽造されることの少ない身元保証の仕組みがしっかりあることで、

このような問題から自分の身を守ることができる、というのは大事なことでしょう。

駆けつけた捜査員には「後悔している」と供述していたらしいです。

桐島聡(ここでは本人と断定しますが)に対する世間の意識は、“逃げ得していまさらズルい”というものです。

名前も明かさずに無縁仏で死にたくないという本人の思いもあったことでしょう。

ただし、現時点では、“桐島聡らしい”という状況で、遺骨の受け取りも拒否され無縁仏となることは間違いありません。

結果として、現時点で世間を賑わせただけでこの件もすぐに風化されていくのかもしれません。

ネットの声

「若い人はわからないかも知れないが、ほとんどの人は中年にさしかかると、身体に大きな問題を抱える。無保険の彼が入院できたとは思えない。入院するほどの大病を患わなかったことが、彼が潜伏できた最大の理由であろうか。
同時に、性格も良かったのだろう。前科者として生きるより、新しい自分として生きる方が精神衛生上良かったのかも知れん。様々なことを考えさせられる事件である。」

「桐島容疑者の身柄確保当初、マスコミを含めほとんどの人が「桐島は警察に対して勝利宣言がしたかったんだ。今までのうのうと暮らしてきて最後にこれはずるい」などと言っていました。私はそれに違和感を覚え、桐島容疑者の言葉通り、「最後は本名で死にたかったに違いない。自首していればそれなりの人生を送れていただろうに」と思っていました。」

「「セルフ終身刑」という評価は当たらないだろう。身分証明書は手に入らず、公的なサービスとはほぼ無縁だったようだが、酒と音楽を楽しむ人生を送っていたのだ。逃亡人生を楽しんでいたと言えるのでは無いか。捜査機関としては、逮捕できずに死なれてしまったことには無念の思いはあるだろう。指名手配犯の追跡や逮捕に関して、もっと工夫なり、改善の余地があるのでは無いか。そう言えば、桐島容疑者報道がきっかけで、重要指名手配ポスターの隣に映っていた金成行容疑者が通報により逮捕されたとの報道があった。写真の露出頻度を増やせば、関心が強まり、逮捕の可能性が高くなると考えられる。」

おすすめの記事