赤い砂 伊岡瞬(著) 文藝春秋 (2020/11/10)

男が電車に飛び込んだ。

現場検証を担当した鑑識係・工藤は、同僚の拳銃を奪い自らを撃った。

電車の運転士も自殺。

そして、拳銃を奪われた警察官も飛び降りる。

工藤の親友の刑事・永瀬遼が事件の真相を追う中、大手製薬会社に脅迫状が届く。

「赤い砂を償え」――自殺はなぜ連鎖するのか? 現代(いま)を映し出した書き下ろし傑作!

いきなり文庫!

『代償』50万部突破
『悪寒』30万部突破の著者が放つ
感染症×警察小説

国立疾病管理センター職員、鑑識係、電車の運転士、交通課の警察官
――4人の死の共通点は、
「突然錯乱し、場合によっては他者を傷つけ、最後は自殺する」こと。

彼らに何が起きたのか――?

「「あとがき」で解説されていますが、この小説は2003年に著者がエボラ出血熱の悲惨な状況をみて危機感を感じて執筆した小説です。エボラ出血熱はフィロウィスル科エボラウィスル族に属するRNAウィルスによって引き起こされる疾病で、致死率が80%~90%に上るという劇症感染です。大きな話題になったのは2019年におけるコンゴ共和国における大流行ですが、その発生自体は1976年のスーダンにおけるものにまで遡ります。こういう劇症型の感染症は宿主がすぐに死亡してしまうため、かえって大流行になりにくいという皮肉な側面があるのですが、WHOが2020年に終息宣言を出そうとしたところ、また患者が発生。いまでも警戒が続いています。ちなみに決定的な治療法は確立されていません。

物語は国立疾病管理センターに勤める男性が電車に飛び込み自殺をすることから始まります。そしてその事件に関係した捜査員や運転手などが次々に錯乱状態となって自殺するという事件が起ります。この事件で友人の捜査員を失った刑事若槻遼は所属署、警察庁の保身的な事件収束宣言にも拘わらずこの事件の追跡をやめていませんでした。読み進んでいくうちに、事件は当時研究所で研究材料として培養されていた「赤い砂」と呼ばれるウィルスが持ち出され、持ち出した当の本人が誤って感染してしまったことに端を発していることがわかるのですが、その後も警察内部の自己保身や出世争い、会社組織内の派閥争いなどが絡んで、捜査はなかなか進行しません。

特に込み入った筋立てのミステリーという訳ではなく、2003年に執筆された当時としてはSF的な(?)感染がらみの刑事物としてボツにされてお蔵入りしていたようです。これが今回のコロナ騒ぎでにわかに掘り起こされ、原作に手を入れるかたちで急遽出版されるにいたりました。いわばコロナが生んだリバイバルヒットとでもいうべき小説です。この辺は作者にも意地がありますから、03年当時にウィルスについて分かっていたこと以上のことは一切書かないという方針を貫いています。しかし、であるとかえって、この10年間でわれわれ人類の対ウィルス対策がそれほど大きく進歩はしていないことを痛感させられます。ちなみにわたしはたびたび若い頃生物系の研究者だったと自己紹介していますが、わたしたちの目からみても著者の一連のウィルス学の理解は当を得たもので、感心させられれたことを申し添えておきます。

今が旬の小説と捉えられがちですが、作品そのものの出来もわるくありません。ご一読を。」


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